うたかたの日々

惑星


そう言えば、先週から近所のコンビニエンスストアで『R-25』を
取り扱わなくなったな。
妻が打ち合わせで出た際に、駅でゲットしてきたのを
眺めていたら、小西康陽のロングインタビューが出ていた。
くも膜下出血でダウンしていたとは知らなかった。


田島貴男がボーカル時代のPizzicato Fiveも、とても好きで
中でもアルバム『 Bellissima 』が内省的かつオシャレチック。
こんな世界の小説を書きたいもんだと思って幾歳月。
特に1曲目の『惑星』が気に入っている。なんたって斎藤誠のギターがいい。
フジTVの『桑田佳祐の音楽寅さん 』で彼のギターを聴く(見る)ことができる。
YouTubeにこんな素敵な惑星 Pizzicato FiveのPVを発見せり!

コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-30 17:03:09

どうなんだろう
FAXが会社に入ったのが、ほぼ30年前。
それから原稿用紙にシャープペンシルで書いていたのが
ワープロになったのが、ほぼ25年前。
富士通のデスクトップPC−ぼくのPC初号機−で
eメールをはじめたのが、ほぼ15年前。
便利になったかと言われれば、便利にはなっただろう。
進化したかと問われれば、どうなんだろう。
大事なことや細かいニュアンスで互いの意思の疎通を図りたいときは、
めんどくさくても面つきあわせるに限るし。
相変わらず、文章や企画のとっかかりは、
水性ボールペンでコピー用紙やコピー用紙の裏紙に手で書いている。
検索エンジンはひじょうにお世話になっているが、
何気なく書店でもらった小冊子やフリーペーパー、
図書館に埋もれていた本が福音をもたらしたことも多々ある。

長い枕になってしまったが、『世紀の発見』磯崎憲一郎著を読んでいたら、
なぜかそんなことを思い出した。
冒頭は、家業が仕立屋に生まれた主人公の子ども時代の思い出が記されている。
豊かな自然、友だち、親のことなど。
表紙にもなっている機関車、蒸気機関車が象徴的に出てくる。
しかし、ノスタルジックな文学的な甘美さよりも、
硬質な文明論的なものを読み取れてしまう。
で、大人になった主人公は、「石油掘削設備の技術者」になり、
「ナイジェリア」に派遣されるという、いきなり話は急展開していく。
あえて無謀、強引とも思えるつなぎが、リアリティや深みを生み出している。
異郷の地でありながら、子ども時代を過ごした土地とオーバーラップしてくる。

また話は脱線するが、某建設機械メーカーの入社案内の仕事で、
夜、その会社の会議室から国際電話でチリの鉱山で働いている若手社員を
取材したことがある。
当然、受話器ごしにはいいことしか話してくれなかったが。

10数年ナイジェリア暮らしを経て主人公は帰国する。
そこで老いた親と再会する。仕立屋を細々と営んではいるが。
結婚している彼は、親とは次第に疎遠となるが、
母の病気をきっかけに会うようになる。
自分が子どもだった頃の親の年齢よりも齢を重ねてしまったいまの自分。
なにか居心地の悪いような、胃が痛くなりそうな。

文化が集積して文明となるならば、
人々、家族の軌跡が集積して歴史となるのだろうか。
一見新しいように見えても、実際のところは、変わらない、
旧態然としている。そういうものではないだろうか。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-29 16:39:31

偲んで
マイケル・ジャクソンが亡くなった。ふと、『オレたちひょうきん族』で
『スリラー』のパロディをウガンダがやっていたことを思い出し、
YouTubeでケンサクしたら、出てきた。ほんとに奇特な人に感謝、感謝。
『Thriller by Uganda 2』
ウガンダも故人となってしまったが。しかし、動けるデブ、ウガンダの切れはすごい。
さすがに、ベタで、古いかもしれないが、
当時のお笑いへの熱気や勢いみたいなものは感じる。

自転車で図書館へ返却と貸出。
試験シーズンなのか、暑いからなのか、混んでいた。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-27 17:08:13

やるべきこと
やるべきこと。
本の企画のブラッシュアップと引き続き、某社への新規企画の提案。
新規の方は、2つばかりネタがあるんだけど、
タイトルと具体的なコンテンツ案が、決まらない。
ライター競合の原稿は送稿済み。
今月末に結論が出る予定。どうなることやら。
で、7月取材予定のWebでのシリーズ対談原稿は、
来週、クライアントの担当者とプロデューサーとぼくとで
構成とインタビュー項目の詰めをやるそうだ。

『偽日記@はてな』の作者、
古谷利裕の『世界へと滲み出す脳』を読む。
ブログだろうが、本だろうが、どっから読んでも、変わらない文章。
同じ体温。同じテンション。
なじんでくると、ミニマルミュージックを聴いているときのような、
心地よさを感じる。こんなとこ。

「作品=物質とは、「上手に思い出す」(小林秀雄)ための装置であり、
「思い出」されるイメージの強さ(正当性)は、過去=起源に属するのではなく、
それを思い出している「現在」にこそ属する」

ゆえに「イメージは既に複製である」と。

「橋本治を「歴史」の作家だと言うとすれば、例えば保坂和志は
「記憶」の作家だと言ってよいのではないか」

「橋本にとっては、家や土地は、そこに住む人々(家族)の関係や歴史、
その固有性と切り離すことができない。対して保坂は、そのような家や土地の
固有性から距離をとって抽象化するために様々な装置を使用し、その抽象化(保留)する
技芸において優れた小説家であると言えよう」

なぜそうなのか。橋本が東京原住民だからなんだろうと思う。
森まゆみの書くものに対して、やはり東京原住民である小林信彦が
家の間取りにこだわるのは、東京生まれだからと書いてあったが、
そういうことだろう。
保坂は逆に限定せず、グラデーションかなんかでうまくぼかして、
普遍的な、というのか時代のリアリティを出しているんだろう。

画家の書く文章というよりも、Webで作品を見る限りでは、
絵よりも文章の方が魅力的。失礼な言い方かもしれないが。



コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-25 16:16:55

ロケットマン
土曜日の26:00-29:00にJ-WAVEでオンエアしている
「ロケットマンショー」が、
気に入っていて、本を読みながら聞いている。
ロケットマンとは、ふかわりょうのDJ名義なんだけど、
テレビで見るいつものへタレ的イメージは皆無で、意外。
土曜深夜つーか日曜早朝にあってる。
合間にかかる音楽が、北欧ジャズリミックスとかオサレー。

COSMETICS−これは日本人の女の子−のPVがあったんで、
貼り付けるっす。こりゃまた、オサレー。
ふかわりょうプロデュース COSMETICS/『LOVE IS ALL』 【PV】

『このあいだ東京でね』青木淳悟著、読了。
いつもながらの、ひじょうにレビューにまとめにくい本。
だからまとめない。でも面白い。家、住まい、不動産などを
作家性の気配を完全に消し、
主観カメラのアングルで延々と長回しってとこ。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-23 22:22:40

よろこんでぇえ
原稿書く前の構成やら、企画・台割りなどで
ナンギしたここ数日来。
ようやく解放かと思ってYouTubeで『けいおん!』見てたら、
Faxがギコギコなって、別件の修正・追加の依頼。
よろこんでぇえ。

『謎の解像度』円堂都司昭著を読む。
題材である「本格ミステリ」は、ほとんど読んだことがない。
北村薫と京極夏彦何冊か、あとは島田荘司半分までか。
でも、無謀に読み進む。
テレビ東京の『イツザイ』
で知った永野というピン芸人がいる。
彼の持ちネタで「一回も見たことは無いけれど、映画○○○○をやります!」
「一回も聞いたたことは無いけれど、○○○○の歌を歌います!」というのがある。
そんな気分に似ている。

いわゆる「本格ミステリ」とそれらの作品が生まれた
時代・社会の枠組みから捉えた構造主義的なミステリ評論。
だから、「本格ミステリ」の類は、ほとんど読んだことのないぼくでも
それなりに楽しくおベンキョしながら読むことができる。
ミステリをなんとなく書きたいと思っている人は、読んでみるといい。
自分でいいと温めているトリックやギミック、ストーリーは、
たいがい、ここに取り上げられている作品でやられてしまっている。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-19 16:34:57

きみはファンキーモンキーヤンキー
『ヤンキー文化論序説』五十嵐太郎編著を読む。
予想に反して面白くなかった。
特筆すべきは、巻末の故ナンシー関の「ヤンキーコラム傑作選」で、
他の論評は、ナンシー関の引き立て役のよう。
面白くなかったのは、なぜだろう。

オタク論は、面白く読んだんだけど、
ヤンキー(またはヤンキー的)は、あまりにも層が部厚いということか。
それとヤンキー気質は、大抵の人が持ち合わせているということなのかな。
だからサブカルチャーじゃないのだよね、きっと。メインカルチャー。
ふだんは温厚な紳士なのに、浦和レッズの応援に行くと豹変する人とか。
都築響一がこの本で語っているように、
地方って、ヤンキー(またはヤンキー的)文化圏で括れてしまえるし。
アメリカ人の蔑称、ヤンキーであり、やんちゃのヤン。
ひと昔前みたいに女物のサンダルをつっかけて。というのはないけど。
音楽なら、キャロル→矢沢永吉→横浜銀蠅→ボウイ→氣志團→DJオズマ→エグザイルという流れは
なんとなく納得できるが。
十代でツッパリ→高校中退→不良→できちゃった婚→ヤンママ&ヤンパパ、
かたぎになる→ガテン系自営業→独立という図式も、崩壊してしまったようだし。

代々木の予備校へ行ってるとき、同じ学校で商業科のワルと鉢合わせしたことがあった。
彼は、代々木の美容学校に通っていた。かつての狂犬のような顔つきはどこへやら。
すっかり腰が低くなって別人のようだった。

間借りしていたオフィスに「自分」という女の子がいた。
「自分、やるっす」とか言うもんで「元ヤンだろ」とたずねたら、
笑って否定していた。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-16 16:31:35

おそまつ
『子どもの最貧国・日本』山野良一著を読む。
親である大人が「貧困」に苦しむようになれば、当然、その子どもとて苦しいのだ。
福祉が高齢者に手厚いのは、票田だからのだろうといぶかるぐらい、
この国の「児童福祉」のおそまつさ、現状を改めて知る。

「生活保護の審査などの厳しい運用方法」は、「不正受給を減少」するためという
大義名分があるからだとか。しかし、
「83年の不正受給は全国で789件、全体の生活保護世帯の0.1%でしか発生していない」
そうだ。トカゲの尻尾切りか。

「(日本政府は)公的な(家族福祉の)支出をほとんど行わず、家族だけに頼る政策を
続けてきたことのツケが、子どもたちの貧困の増加をもたらした元凶ではないでしょうか」

確かに子どもが大学進学するとなると、学費を親が賄えない場合は、
親戚など血縁・地縁関係者が、肩代わり、工面してきた。
しかし、それはもう難しいだろう。

「子どもたちの貧困の実態にまったく目をむけようとしないことで、結局、
日本社会は大きな社会的損失を被り続けているのかもしれません」

沈黙の臓器ではないが、子どもたちの直接的な叫びはなかなか聴こえては来ない。

「そこで生じる社会的損失とは、−略−子ども個人個人の問題と見えているものが、
結局、社会全体の生産性の減少へとつながり、貧困な状況に置かれた個人や
家族のやる気を奪い、−略−問題を放置し続けることで、逆に医療費や社会保障費
などの社会的コストの増加につながってしまいます」

因果は巡る風車、だ。

アメリカは、「児童福祉」に政府予算がそれほどでなくても、
莫大な寄付があるそうだ。



コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-14 16:53:38

白テント





昨日は劇団黒テントの『新装大回転玉手箱』
見に行く。蒸し暑い。木場公園は、夕暮れ。少年サッカーチームの練習が終わり、
グラウンドでは父子がキャッチボールをしていた。

黒テントなのに、諸事情により白テント。
劇場ではなく、テント空間は、時間と空間の広がりを感じる。
役者たちのいずまいの良さ、小気味よい場面転換、
いつものエンタテイメントは感じるが、脚本が、どうなのだろう。
終幕後、闇の中をコンビエンスストアで買った焼きソバパンを
ほおばりながら、若干迷いつつ、清澄白河駅へ。
木場公園は、ひんやりしていたが、次第にじめっと。
呑み屋とコンビエンスストアの灯り。
高層マンションが居丈高に光りながらそびえていた。

コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-12 17:17:15

芽が出たか
営業の種まきが芽吹いた。
まいてみるものだ。
送った本の企画は、どうなるだろう。
午前中、資料のDVDをパソコンで眺めつつ、
ポイントをメモる。

『民俗学の旅』宮本常一著を読了。
先祖、両親から師ともいうべき柳田国男、渋沢敬三との出会いなどが
綴られている。人柄を感じさせるチャーミングな文章。
なんだか日本のスナフキンのように思えてきた。

「今一つは田や畑を百姓たちと一しょに歩いて見る。そうしたことからお互が
啓発されていったのであった。そうした生活の中にそれぞれの人の信条があり、
その信条は生活の習俗につながるものが多かった。
習俗といい民族というのは日常生活からきりはなされて存在するものではなく
生活の中にあるものである。−略−学者たちのおこなう調査とはおのずから
異なる方法をとらざるを得なくなる」

実際、同化してしまい、「学者」には話さないことを聞き出したそうだ。

「すべてが進歩しているのであろうか。
停滞し、退歩し、同時に失われてゆきつつあるものも
多いのではないかと思う。失われるものが、
すべて不要であり、時代おくれのものであったのだろうか」

農村や漁村の進歩に尽力した作者だが、かような疑問を投げかけている。
決して「昔はよかった」的なスタンスからではなく。
作者の講義を受けられたムサ美の学生が、ちと、うらやましくなったぜ。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-11 15:23:19

最新作



最新作。正しくは、学校案内の改訂版。
ほとんどがリライト。
メール便で届く。ありがとうございます。

夏頃動く予定の仕事が、急に動き出すことになった。
ま、待たされるよか、前倒しの方が精神的にもうれしい。

企画、煮つまり気味なんで寝かす。
つーか、関連資料を読んで仕込まなきゃ。

コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-09 16:39:55

生きていることは労働だ


引き続き、企画、ネタ出し。
一つはまとまって、あと一案まとまったら、
担当者にメールして反応をうかがってみよう。

『ベーシック・インカム入門』山森亮著を読む。
「ベーシック・インカム入門」とは「無条件給付」のこと。
誰もが−貧富の差に関係なく−毎月給付を受ける制度。
ほぼ同じことをミル、ラッセル、ケインズ、
ガルブレイスからネグリまで、主義・主張を越えて
これまで考えられてきたそうだ。

ショックだったのは、ぼくがざっくりと表にまとめた
日本と世界各国との「(生活保護費など)公的扶助の比較」。
日本(正しくは日本政府か)、ドケチ。
あのアメリカよりも割合が低いし、しかも指数でみればマイナス。
フィンランドなど北欧の割合が低いのは、高税金、高福祉だから。
いやはや。

作者は最終章で日本でのベーシック・インカムの具現化を試案している。
手短に引用。

「生活保護や児童扶養手当などの制度をより利用しやすい
制度に変えていく」

「年金の税方式化の推進」

「児童手当の所得制限を撤廃し、給付対象を20歳未満の
全人口に拡大する」

「所得控除の給付型税額控除化」

「年金が税財源化され、児童手当が普遍化・増額され、給付型税額控除が
導入されれば、多くの人がいわば部分的なベーシック・インカムを
手にすることになる」

ネグリ曰く「生きていることは労働だ」。すばらしい。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-08 15:34:51

君にバラバラという感じ
W杯、日本対ウズベキスタン戦、負けない、点を取られないサッカーを
日本がしていた。明らかにアウェイって感じのジャッジにも
最後まで浮き足立つことなく、集中力が最後まで切れなかった。

『クラウド化する世界』ニコラス・G・カー著を読む。
引用一ヵ所。

「コンテンツのバラ売り(アンバンドリング)は、新聞その他の印刷出版に
限ったことではない。大部分のオンラインメディアに共通する特徴である。
−略−アマゾンドットコムは書籍をアンバンドリングして、ページ単位で
販売する計画を発表した。グーグルは論争の的となっているブックサーチ
サービスを通じて、出版物の本文を「断片」(スニペット)化して提供
している。ポッドキャストはラジオ番組を、ウィキペディアは百科事典を
アンバンドリングしている。
「世界中のコンピュータを単一のネットワークへと束ねたことが、
バラ売り入内の先駆けとなったのだ」と、ダニエル・アクストは述べている」

コンテンツも肉のように、欲しいもの(種類、部位)を必要なだけ(容量)
買える時代になった。そのインフラを整備したのが、
クラウドコンピューティングってことなのか。
肉とコンテンツは、違う気もするが。
全体性の喪失とか、いうと、アナログ人間の戯言とか言われたりして。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-07 16:10:20

イッショウケンメイ
昨日は、起業した友人と渋谷のオフィスに再び間借りを
はじめた友人を訪ねる。
借主の会社名と代表者に見覚えがある。
やっぱり、ぼくが新人のとき、原稿を見てもらいに通っていた
会社の社長だった。師匠の師匠、大師匠。
ほぼ30年ぶりか。あわてて挨拶する。

世間話からギョーカイ話まで。
興味深かったのは、マンションなどの物件広告は、
チラシとWebが効くということ。
とはいえ、はじめにWebありきじゃない。
メディアを何と何を組み合わせれば、クロスメディアすればいいのか。
そこがクリエイターの腕の見せ所のようだ。
おまかせの寿司屋みたいに。しかし、予算はなかなかシブいのだ。
友だちの奥さんは、新聞は読まず、まず、パソコンを立ち上げ、
ネットからニュースから芸能ネタまで拾うそうだ。
それとてソースは新聞なのに。と内心思う。
ともかく人に会う。ってことが、営業の原点。
会うよりも魅力的な企画のタマを編集者にお見舞いするのが、
ライターの営業の原点。かも。
がんばってる。感心する。おいおい、感心してる場合じゃないぞ。

『ナガオカケンメイのやりかた』ナガオカケンメイ著を
行き帰りの電車の中で読む。
仕事、会社、生き方などなど感銘を受ける。勇気づけられる。
就活の小手先のテクニック本など読まないで、この本を熟読すべし。
デザイナーでありながら、ショップ、カフェ、オンラインショップなど
を展開している作者。
風上から川下まで見渡せる見識は、ぶれていない。

「「ロングライフ」とは、「なくならない」ということとも訳せる」
「デザイナーは「ものを作らないと」商売として成立しない。
しかし、「考えてデザインしないと」何かを「なくなる」ことに
追いやっている、ということが言いたかったのです」

うちからだと九品仏のショップがいちばん近いのか。
作者の日記はブログで最新版を読むことができる。
ナガオカ日記
しかし、まとめて好きなところで読むには、本がいい。



コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-05 15:24:31

老いか成熟か
昨日は夕方、劇団黒テントの『新装大回転玉手箱』の美術を
担当されている幸先生とキャロットタワー内の喫茶店でしばし歓談。
チケットを拝受。ありがとうございます。
劇団の持つ麻薬のような魅力の一端をうかがう。
その前に、楽器店でピックを買う。
ベース用とかよーわからんので厚さの異なる2枚。
子どもがバンドをはじめ、今度は渋谷のスタジオで練習とか。
いまのところ、オニ熱くなって練習している。

『経済成長という病』平川克美著を読む。
ズバズバビシビシの剛球ってとこ。
GMが崩壊したけど、GMばっかじゃなくて自動車産業が
斜陽産業に向かう一里塚だったりして。
とかく人は未来永劫右肩上がりを信じて、
または途中でダウンしたらV字回復を信じたがるが。
それを作者は「病」と呼ぶ。

引用-1

「グローバリズムとグローバル化とは違うのである。
グローバリズムの結果、世界がグローバル化してゆくのではない。
世界がグローバル化するのは、民主主義の発展や、科学技術の発展を
背景にした自然過程だが、グローバリズムはアメリカないしは、
その随伴国が、世界の富を収奪し、貧富を固定化するための
国家戦略だからである」

日本は、紛れもなく「随伴国」の一つだろう。

引用-2

自己責任論に関して。企業側と労働者側が平行線をたどるままだが、
作者はこう述べている。

「(企業が)利潤獲得のための利己的な行動と、労働者の利益が協同する
システムを見つけ出さなければならない。そして、そのためにも経営者も
労働者も、同じ企業社会という生態系の中で生きているという論理を
作り上げることができるかどうかが、いま問われている」

『昭和ブルース』の出だしの歌詞
「うまれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか」
圧倒的に前者だろう。

引用-3

少子高齢化社会の日本は、もはや中高年期である。
それを「老い」とみなすのか、「成熟」とみなすのかで大違い。
なのに「アンチエージング」などに精を出すさまは、
「若さというものがつねに正しく、老いは退行で」あることの証明であると。
しかし、もう、いいだろう、若づくりは。
経済だってこの先、60年代のように跳ね上がることはないだろう。
昔の栄光を茶飲み(酒呑み)話にするんじゃなくて。

「なぜなら、国も私も十分に成熟したからであり、成熟こそ私たちが
若さと引き換えに得た、貴重で信ずるに足る資産だからである」

コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-03 16:34:46

念入りに
週末は、仕事関連本を飛ばし読み。
新書やネットの記事など読まなくてもかまわないとは思うんだけど、
儀式というのか長年のスタイルなもんだから。
仕込みもしくはウォーミングアップは念入りにした方が
あとあと効いてくる気がするし。

マイミクさんから教えていただいた『旅する巨人』佐野真一著も読んだ。
柳田国男、渋沢敬三、宮本常一。特に、渋沢と宮本について書かれた本。
渋沢一族の当主だった敬三は、民俗学者などの夢を諦め
パトロン、大ダンナとして宮本を庇護する。
どうも作者は好きな順番が渋沢敬三>宮本常一>柳田国男らしい。
柳田はやはり官僚上がりの文人、貴族主義的なところがあり、
フィールドワークなどでも一線を画していたようだ。
ところが在野の民俗学者、宮本は、日本各地を貧乏旅行して、
地元の人と溶け込み、同化して土地の人になって、
集落の長から貴重な聞き書きをしていたそうな。
それにしてもすごい人だ。
労作だけど、渋沢敬三と宮本常一は、やはり別な作品にした方が
よかったような気がする。
余談だけど、もう渋沢敬三のようなパトロンは、出ないんだろう。
代わりに企業メセナとか一時盛んだったけど、
若く才能のある学者や芸術家などをどう伸ばしていくのだろう。


コメント(0)| Track back(0) | 2009-06-01 16:40:56