うたかたの日々

ピカッ
昼間は台風一過のように蒸し暑くて、夜からは激しい雷雨。
寝ようと思ったら、ピカッと光ってややあってゴロゴロ鳴り出す。
雷族の野郎め。
光ってから鳴り出すまでを寝ながらカウントする。
はじめは5秒程度が6秒、7秒になって。
去ったのかと思ったら、光っていきなり、窓がビリビリするほど鳴り響く。
スコールと思えばいいのかもしれないが、にしても長いスコール。
そういえば、光ってから鳴り出すまでの秒数で雷の距離を知る数式を習ったなと、
ググッてみる。

「雷が光ってから音が伝わるまで1秒=340mですので
光ってから5秒後に音が聞こえれば340×5=1700m(大体2km先)
10秒後なら340×10=3400m(大体3km先)」
雷の距離ってどうやって計算するんでしたっけ?? - Yahoo!知恵袋より

『超訳『資本論』』的場昭弘著を読む。
『資本論』をいつか読まなきゃと思っているけど、長くて、難解だし、
共産主義なんていまどきオールドファッションだし。と、お考えのあなたにこそ、一読いただきたい。
「超訳」といっているが、別にやさしかない。ただ、作者が現代に通じる『資本論』の原典の部分や
理論なりを、新書にまとめている。蛮行、荒業かもしれないが、
そのおかげで『資本論』の肝をある程度、知ることができる。
それは教科書的事実の断片ではなく、作者の『資本論』観で書かれている。
マルクスが突き詰めたものは、商品、貨幣、労働などで、
作者のブラッシュアップ、再生により、古本屋の店頭で退色してホコリっぽいそれじゃなく、
現前する存在としてそこにいる。
おっつけ他の著作も読んでみよう。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-30 16:53:32

11年前
先週の土曜に開催された区の吹奏楽部大会の模様を
妻がDVカメラで撮り、それを見る。
ついでに11年前に買って帰省したときの映像も見る。
ビデオと違ってデジタルだから映像もまだ劣化せず、
11年前の鮮やかな夏休みのシーンを思いもかけず見る。
いまは鬼籍に入られた義父・義母が元気な姿は胸に迫るし、
子どもも今と違って可愛くて、困ってしまった。
ヴェンダースの『パリテキサス』のようで。
時折、映る己の姿も照れくさいが、徐々に折々の光景を思い出す。

末席で経営に参画していた広告映像制作会社がどうにもならなくなって、
辞めてすぐの頃だ。当時の年収分くらいの資金を貸し付けていた。未払い分給与も含む。
2割も回収できずに、その会社は倒産してしまった。
確か、職安に行かなければならない日で、遅れてぼくは帰省した。
変わったといえば、変わったといえるが、変わらないといえば、そうともいえる。
しかし、いなくなった存在、心の空洞を埋めることは困難で、
ふだんは忘却したふりをしているが、ほっこり顔をのぞかせては、嘆かせる。
じりじりとした気分。苦いものがこみ上げる。



コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-28 18:56:13

ボツ
第6回「ビーケーワン怪談大賞」が発表となり、
ぼくのは見事ボツだった。で、拙ブログに転載。ま、怪談じゃないかもね。
関係ないけど朝日新聞のサイトウミナコの文芸時評がおもろくないのは、
ネタもとの小説がおもろくないからなのかな。
それとも彼女の批評スタイルにマンネリズムを感じるからなのか。
「類型化じゃない」ものをご所望のようだが、
−その常套句がいちばん文芸評論では類型化していたりして−
ああた、そげんもんは、週刊誌や月刊誌では、
なかなか生れんとよ。って、なぜか九州弁もどき。


キャンセル料

死にたい、死んだら楽になれる。その思いは、
ここ数年ますます強くなっていった。知り
合いと立ち上げた会社は解散、借金だけが残
った。妻は昔の男と出奔、いいことが一つも
なかった。

ある晩、電車を待っていた。一日中営業に回
ったが、無駄足でYシャツは汗ですえた臭い
がしていた。終電間際の電車のライトがだん
だん大きくなってくる。それが手招きしてい
るような気がして、ホームから線路に飛び込
んだ。
一瞬のはずなのに、時間がゆっくりと経過し
ていく。なので、死ぬのをキャンセルしたく
なった。踏ん切りの悪さ、思い切りの悪さに
関しては自信がある。毎度のことだ。死ぬの
だってひと思いにいきゃしない。そんなこと
をいっている場合じゃない。
「すいませーん、死ぬの止めたいんですけど」
と叫ぶ。すると、ストップモーションがかか
り、体が停止した。
闇が一面に立ちこめ、何やら、誰かがいる
気配が。
「当日キャンセルなので本来でしたらキャン
セル料を100%いただくところですが、た
だいま、割引キャンペーン中につき50%い
ただきます」
と、慇懃な声がする。声は聞えるが、姿は一
向に見えない。
「そ、それは…」
「ま、いずれわかると思います」
突然、書類が現れる。黒く節くれだった指、
爪も異様に長い。
「ここに、拇印を押してください」
言われるままに、拇印を押す。

すうと意識が薄れ、気がつくと病院の寝台の
上。運良く助かったらしい。しかし、迫り来
る電車を除け切れず、腰から下は切断した。
これからは一生車椅子暮らし。本当だ。きっ
ちり、50%もってきやがった。病室の大部
屋の窓から光が射し込める。マジすか。と、
心の中で呟いた。






コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-27 16:28:37

筆ペン画



ノートパソコンの上に座るネコをさらさらとスケッチ。
暑い時期は二階の陽だまりで終日のびていたのに、
涼しくなったら、一階にいるようになる。
コピーペーパーに筆ペン。
スキャンしてお絵かきソフトで彩色。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-26 18:44:24

勝手な言い草
一転、秋の長雨のような天気。
これはこれで鬱陶しい。勝手な言い草。
引き続き、別なツールのコピーにかかる。
半月塩漬けにしたので、打ち合わせノートを見返したり、
いただいた資料を再度読み込む。

別な仕事関連本で『ウェブ3.0型社会』神田“セグウェイ”敏晶著を読む。
とてもわかりやすく書かれており、さくっと読めてしまう。
ウェブ2.0とは要するに、ぼくたちがネットに馴化、成熟化して、
「ブログとSNS」などの「CGM(コンシューマ・ジェネレーテッド・
メディア=消費者制作メディア)」が興隆したと。
あとは、youtubeなんかもあるよね。セカンドライフはどうだったんだろう。

ウェブは僕らにとって新たなメディアとなったが、
『次世代広告コミュニケーション』横山 隆治, 関 良樹, 松矢 順一, 太駄 健司, 三輪 宗久共著によると、
企業にとっても
「今まで欲しくてもなかなか手に入らなかったエンドユーザーと、直接コミュニケーションできる
自社メディアを獲得するに至った」
そう、そうだよな。一種の情報流通革命というのか、それまでは広告代理店なりなんなりを
通していたものを中抜きで、ダイレクトに知ることができる。
だから、ウェブは「「売る理由」から「買う理由」を発見できるような情報、コンテンツを用意すべきである」
と。なるほど。

話を戻して。じゃあ、ウェブ3.0ってどんな社会。
作者はこう述べている。
「ウェブ3.0型社会においては、ウェブだけでなく、リアルな社会との相互の
歩み寄りが非常に重要だ。単にデリバリーや効率化だけのネットワ−ク利用
ではなく、ネットワークやウェブで構築された文化や社会を、リアルな社会へと、
今度はリプレースする必要があるのではないだろうか」
新メディアミックス、換言すればクロスメディアと、こうなる。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-25 16:02:10

空振り
なかなかまとまらなかったけど、ようやく、自分なりに納得して送稿する。
先は、長いそうなので、一応、これで、デザインにかかってほしい。

『小説の設計図』前田塁著を読む。
現代日本文学の批評ではなく、その構造について述べたもので
スケルトンというのか、骨抜きにして語るというのか。
期待して読んだけど、空振りってのが偽らざる気持ち。
小洒落たヌーベル・ジャポネーズのお店の料理のようで、
うまいんだか、喰ったんだか、わからないような。
たぶん素材にしている日本のいまの小説が魅力的じゃないのかも。
いみじくも作者は、小説は嘘、虚構なんだから、
小説家はそのあたりを心せよといっている。
ただ、小説の嘘(リアリティ)を超越した出来事が現実(リアル)で平気で起こるんだもの、
大変といえば、大変。

小説の場合、設計図は必要なのだろうか。
あらかじめ設計図を用意して、きちきちその通りある種、なぞって書いても
存外、つまらないものになることが多いんじゃないだろうか。
インプロビゼーションのバンドは、はじめと中盤とおわりだけは
決めておいてあとは、そのときの気分でプレイするそうだが、そういうものだろう。
書いているうちに予想もしなかったストーリーやキャラクターが勝手に暴れ出す。
あるいは、浮かんだ場面、場面を書き連ねて、突然、つながるとか。
掲載されている各小説の構造は、
小説に興味のある人、小説を書きたい人には参考にはなるだろう。

北京オリンピックでリレーで男子が銅メダルをとったけど、
それを引き合いに出してチームワークの大切さをこんこんと説く
先生や経営者などがごまんといそうだ。
星野ジャパンを取り上げりゃいいのに。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-23 14:18:30

ボロボロ、パンパン
昨日は半年ぶりに西新宿方面へ。
打ち合わせ20分、雑談60分。
なかなかいい感じ。

このニュースがやはり気になった。
帝王切開死亡事故 大野病院産婦人科医に無罪判決 福島
いいような、悪いような。ま、いいんだけど、遺族の気持ちを考えるとね。
医療過誤問題は、どうなんだろ。
いままでは病院側が真相は闇の中に葬ってきたようだけど。
特に出産は。忘れがちだけど、先進国、後進国の別を問わず、母子ともに大変なリスクを背負っているわけで。
姪が福島にいて今年、二人目を出産するのだが、とにかく出産を扱っている病院が減って困っているとのこと。
この判決で産科の天岩戸が速やかに開けばいい。
「患者様」と歯の浮くような、もしくは心にも思ってないようなことはいいから。

朝から企画書づくり。
目はボロボロ、肩はパンパン。

ジャマイカの小学校でもし、運動会があったら、
徒競走では日本のオリンピックに出るようなアスリートよりも
速かったりして。
卓球の中国選手のように、移民・帰化していろんな国から
出場するようになったりして。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-21 17:20:56

女子力
というタイトルでエントリーしようとしたら、何だか意味合いが違ってるようだ。
女子力とは、男にアピールする力をいうらしくて、あらあらって感じ。
いまだに、媚びるというのか、くねくねパワーがものをいうんだろうね。
ま、コンサヴァに向ってるらしいから。

なでしこジャパンと今日読み終えた『カソウスキの行方』津村記久子著を
オーヴァーラップさせて女子力を賛辞しようと思ったのに。
『カソウスキの行方』は、等身大の若い勤労女子の日常を描いていて、好感を覚えた。
ニートじゃない、ビンボーじゃない、アダルトチルドレンじゃない、
目を覆いたくなるような性描写もない。
単なるスケッチじゃねかとくさする御仁もおられようが、
なかなかにほろ苦いユーモアが利いていて、
たとえばチリあたりの知らないワインを買って、飲んでみて当たりの時にも似ている。
日曜の午後にやるローカル局のTVドラマの原作に、リコメンド。

本業は、提出済みが1件。決まれば、かなり、うれしい。
先輩からの照会は、一応、ペンディング。
沈黙している会社案内の原稿の続きをまとめる。
夕方、久々にデザイン事務所からケータイにTEL。
なんとなく動いている。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-19 20:18:36

五輪漬
TVでオリンピック中継垂れ流し。
五輪漬でうつけ者。
ビンボー人は、地上波TVの視聴時間が長いそうだが、
そうかもね。

そうそう、『<盗作>の文学史』栗原裕一郎著を読んだんだ。
豊富な盗作事例を知る中で、
盗作は、なぜいけないのか。なぜ人は盗作をするのか。
と基本的なことをもう一度考えてしまった。
パロディ、パスティーシュ、オマージュ、剽窃、パクリなどなど。
よく考えれば、線引きは困難。
この本に掲載されているオリジナルと盗作の部分比較は、
あくどいのもあり、そうでないのもある。
日本文学黎明期は、西洋文学をネタ本にしたそうな。
著作権は理解できなかったようだ。いまの中国みたい。(図A参照)

盗作はモラルに反するからいけないのか。
本ネタの作者の著作権を侵害する違法行為だからいけないのか。
新人賞をもらって次回作が書けずに、やまれずパクって、それがバレて
消えた作家もいる。しかし、ベストセラーを産む作家は、
出版社にとって金の卵を産むガチョウなので、
しばし自粛させてから、復活させる。
ギョウカイ内の暗黙の了解なのだろう。

なぜか女性作家に盗作疑惑のチェックが厳しいような気がするのは、
文壇が男社会で、作家になれなかった編集者・記者のルサンチマンなのだろうか。

公募の文学賞でなぜ審査員や、その前の過程の下読み人が盗作を見抜けないのか。
そりゃ無理だろう。古今東西の文学はもとより、ラノベ、ケータイ小説、オンライン小説、
ポルノ小説からマンガ、映画まで表現は拡散しているもの。
んで、登場してきたのが、匿名のネット盗作FBI(CIAでもいいんだけど)。
いわば鎖国していたギョウカイへの黒船である。
ただし、当たりもあるが、はずれもある。(図C参照)

「創造は模倣からはじまる」というのは、池田満州夫の名言(確か)。
模倣だけど、すっかり作者なりに咀嚼されていたら、問題はないだろ。
似てるとか言われても。
ビュトールの『心変わり』と倉橋由美子の『暗い旅』、
サリンジャーの(と、いうよりは野崎孝の翻訳体)『ライ麦畑でつかまえて』
と庄司薫の『赤ずきんちゃん気をつけて』は、その例。

図Bは、見た通りなので割愛。
ただ高名な作家先生が、地方在住の無名の、それこそ半生をかけて調べ上げた
ノンフィクションや史伝などを、無断引用というのは、どうなのだろう。
いくら大元が一緒にせよ。

音楽の盗作の方が、なんか文学の盗作よりも罪が軽く感じられるのは、
悪しき文学優性遺伝が組み込まれているからという気がする。




コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-18 13:55:08

セ・シ・盆
お盆休みのせいだろうか。ここ数日、本家「うたかたの日々」のアクセス数が
すごいことになっている。

『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』鈴木康之著を読む。
てっきり同じ作者の『名作コピー読本』が、ついに文庫落ちしたのかと思ったら、
そんなケチなことはしねえ。書き下ろしときたもんだ。
新しい広告のコピーを取り上げ、どこが良いのか、鋭いのか、新しいのかを
的確に批評して、書き方指南をしている。これは読むっきゃないでしょう。
前述の『名作コピー読本』だが、これは、ぼくの仕事のブルワーカー的本だった。
駆け出しの頃、手ほどきを受ける師匠的人がおり、
新宿から渋谷の山手教会上のマンションにあるオフィスまで通った。
で、『名作コピー読本』が、もう一人の師匠だった。
キャッチフレーズは素人でも偶然いいものが書けることがある。
しかし、本文(ボディーコピー)は、プロでなければ。
かつて作者は東海林さだおの文章をひいきにしていたが、
この本ではgooの新聞広告を「平成メール文体」として紹介している。

いまは、ライターとコピーライターの境界が、限りなくなくなってしまったが、
両者の違いは、削る、シェイプアップをするか、しないかということだ。
いかに簡潔に、しいかに目をひいて読ませるか。
しかもエンターテイメント(芸)の味つけをして。
あとは、ライターは顕名だが、コピーライターは原則匿名ってことかな。
BtoBとBtoCでは、書き方、字面は異なるが。
オフライン広告とオンライン広告も違うはずなんだけど、
なんだか一緒くたにして表現しているぞ。
だけど、だけど、日本語の感性って部分では、普遍的なわけだし。
万人に伝えなければならない情報をわかりやすく、魅力的に書くスキルが
これでもかと詰まっている。であるからして(強引)、コピーライター、ライターに
限らず、社内文書やレポートでお悩みのあなたにも、
予算的に厳しく自分でコピーをまとめなければならないAEやWebデザイナーの人にも、福音の書となるだろう。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-15 11:21:39

おかん、家電、セキュリティ
原稿の修正やら、構成やら、資料の読み込みなどをローテンションで。
北京オリンピックと高校野球が佳境に入り、気もそぞろ。
にしても、暑いや。図書館の帰り、ディスカウントストアまで
スポーツドリンクを箱買いして自転車の前カゴに積む。

『いい子は家で』 青木淳悟著を読む。
不可思議な、いまどきの家庭小説。
おかんは、どこの家でも帝国主義者として君臨している。
ダウンタウン松本のおかんネタを思い出す。
倫理や論理などなんのその。
愛する子どものためなら、四銭(死線)も九銭(苦戦)も
乗り越えて、子どもの好きな手料理をタッパーに詰めて
電車に飛び乗り、下宿先やアパートへ。おいおい。
で、おとんは、影が薄く。
この小説は、アングルが通常のものと違っている。
パースが狂っている。
小津の映画のようなローアングルじゃなくて、
手持ちカメラの不安定なアップがやたら続くような。
計算なのか、天賦のもなのか、よーわからん。
うまくいえないが。
やたら洗濯機など家電の描写が長い。
つーか、おかんの洗濯や洗濯機へのこだわりが書かれている。
それと鍵や戸締りなどホームセキュリティの話も多く繰り返され、
なぜか、ミニマリズムやマンネリズムに通じる心地よさを覚える。
家族や家族関係骨抜きにして、ほら、アジの活きづくりかなんかで、
卓上で頭や尾がぴくぴく動いている、そんな印象。
小説のパッケージを被った、小説の体をなした、何か別なもの。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-13 16:32:14

墓参り-2


久々の山形新幹線。
車窓から水田を眺めるだけで気分が落ち着いていく。
福島を過ぎたあたりは果樹園が続くが、
急な勾配を上り出すと防雪林など樹木が迫ってくる。
途中山の斜面に伐採された切り株の連なりが延々と。
虫でも大量発生したのだろうか。
やがて平坦になると米沢だ。山形で新幹線はガラ空きになる。
天童、さくらんぼ東根、で村山駅で降りる。
義兄のワゴンで拾ってもらって知り合いの家へ挨拶。
正午過ぎに義理の長兄夫婦、到着。
画像は写メしたレトロな喫茶店。
典型的なシャッター通りの繁華街。
最近は、駅に近い地所はスーパーマーケットなどではなく、
閑静な住宅地として人気があるそうだ。確かに新築戸建のラッシュ。
雪深いところの人が、移住してくるとか。
空家となった妻の生家もたぶんそうなるのだろう。
で、過疎地はますます過疎になる。
寺にお参りしてから、墓地まで。
山の中腹まで花用の水の入ったバケツを持って、坂を登る。
息が、息が。セミが鳴く木の陰に入ると、ひんやりとしている。
簡単に掃除して、水をたっぷり入れ、生花を活ける。
線香をめいめいあげる。お神酒を墓石にかける。

夜は、東根温泉「民謡の宿あづまや」に投宿。
家族的な雰囲気で、料理もちょうど良い分量て、美味。
家族ソロってカラオケ合戦となり、1年ぶりに、カラオケをする。いやはや。
かけ流しという温泉は、ヨウ素が含まれており、海のニオイが少しした。
翌朝、訪ねた東沢バラ公園が素晴らしかった。
大昔行ったきりだったが、大幅リニューアルしたとかで、
季節ではないので無料。
でも、いろんな種類のバラが多数咲いており、目の保養をする。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-12 10:30:11

墓参り-1
8月8日は炎天の中、打ち合わせに行き、
逃げるように帰る。

8月9日は、早起きして、つばさに乗る。
ネコが見送り。
日本百名山おじ・おばを見かける。
手にしたレジ袋には、スポーツドリンクと粉末のアミノ酸が透けて見える。
山は熱中症よか落雷が怖いよな。
一応、新盆で寺から墓参りなのでめったに着ない長袖ワイシャツと薄手のねずみ色のズボン、
黒の革靴という暑苦しいいでたち。
温泉宿に宿泊する予定なので、そこで半ズボンとTシャツ。それまでの我慢。

『かけがえのない人間』上田紀行著を車中で読む。
確か仏教観をベースに近現代の物質文明を批判してる人、ヒッピーみたいに。
癒しという言葉の言いだしっぺでもあるとか。
オレたちは人間でモノじゃない。オレはオレで、オレの代わりはいない。
だからオレは工場の量産品ではない。消耗品でもない。
てなことを、やわらかく書いている。
○KYを恐れるな
○愛されることを望むな。愛して傷つくことを怖がるな
○ザセツは人生の良薬だ。
○せっかくこの世に生を享けてきたのだから、自分の人生を生きよう
(エゴイズムなどと勘違い、混同されがちだが)
などと、作者の人生、個人的体験の基づいて述べているのだが、
例によって本筋に関係ないとこで興味というか野次馬根性が起立した。

作者の生家は、
『赤坂檜町テキサスハウス』と呼ばれ、
当時の若手芸能人のサロンだったようだ。父親は、作家志望の高等遊民、母親は劇団の演出家のタマゴ。
ご多分に漏れず、父親は家作に手をつけ、広大な地所を売却。
杉並で暮らすが、やがて出奔する。母親は、やがて翻訳家となり、『推定無罪』などの人気翻訳者となる。
父親への愛憎の矛先が、容貌が似ている幼年時代の作者に向けられる。その軋轢。
作者は、東大の見田宗介ゼミで、自分の居場所を見つける。
でインドにはまる。インド病にかかるが、インドのリピーターになったとて、
現状は何も打開しないことに気づく。ここなんだよな。気づくか、気づかないかの差。
見田ゼミか。大澤真幸もそうだし、この本に出てくる作者に大きな影響を与え、
現在大手広告代理店にいる人とは、
昔、メセナ広告の仕事でご一緒したことがある。
神田の裏ぶれた定食屋で昼食をとったっけ。
んで、奥さんが、NHKの人気アナウンサー武内陶子とは。




コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-11 10:15:05

ツイてない詩
一昨日の東京の豪雨、家族で濡れネズミになったのはぼくだけで、
昨日、夕方から飯田橋方面でブレスト(ブレーンスト−ミング:その場で案出し)があるので、
わりかし余裕を持って最寄り駅に向ったら、隣駅で人身事故、電車はストップ、渋谷までバス。
担当者のケータイは留守電で、ちょい遅れのメッセージを入れて二台目のバスに乗る。
ごったがえで渋滞、気持ち悪くなり、スポーツドリンクを飲む。
暑さ、汗、焦る、30分遅れで打ち合わせ先に到着したものの、頭、働かず。
ろくすっぽ案も出ず、終了。外は、闇。軽い敗北感の気分に追い討ちをかけるにわか雨。
電車で人身事故があった頃、二階の物干し台でネコがセミをハントしたらしい。
嬲り殺しにされたセミ、外に逃がしてもまんじりともせず、
どうやら外ネコのおやつになったそうな。
帰りの電車は、事故の後遺症で遅れ気味。
「9月1日は防災の日です」とエンドレスで叫んでいるオヤジ。
声はすれど、姿は見えず。
いらつく心を満杯にして走る。
この気分をセミのように脱皮できたらな。
セミになったぼくを舌なめずりして見つめるネコ。
羽以外は、喰われるのか。



コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-07 16:32:14

ポニョポニョ
ゆるゆると構成を考える。ゆるゆると内容が染み込んでいく。

子どもを誘って鼻で笑われた『崖の上のポニョ』を見に渋谷の映画館へ。
混雑を予想したが、意外や、意外、そうでもなかった。
見た人の感想をブログで読むと、なんだか『となりのトトロ』路線の子ども向けアニメーション。
でも、難解そう。と、いう感じだったが、いやはや…。
つっこみどころはいろいろあるが、
たとえば女の子になったポニョが、あんまりかわいくないとか。
しかし、ともかく、海、波、船、魚。絵自体でも充分魅力的なのに、それが動く。圧倒される。
生物の多様性、生きとし生けるものがスクリーンに溢れ出ている。
人魚姫を下敷きにしたそうだが、5歳の女の子なのに、
凄まじいラブパワーの発揮ぶりは、音楽ともどもワグナーのオペラあたりを、
スピリチュアル系の神々しい光(陰翳のつけ方)は、ウィリアム・ブレイクの絵を彷彿とさせる。
小学生の時に見たディズニーの『ファンタジア』風でもある。
枯れてないなあ。豊穣なイマジネーションでお腹いっぱい。
好き勝手に自分の作りたいものをつくって、客が入るという奇跡がいつまで続くんだろう。
宮崎駿は才能はあるさ。でも、プロデューサーの鈴木敏男のマスコミ対策のうまさや、
手綱の締め具合が絶妙なのだろう。
ストーリーよりもアニメーションの楽しさを堪能した2時間だった。
エンドマークが出たら、拍手が聞えた。


コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-05 16:40:55

オン・ザ・ロード アゲイン
なんだかいつも以上にだらけた週末。
赤塚不二夫の死をTVなどでは大きく扱っている。
子どもに、妻が、赤塚とネコの菊千代との3ショット(取材時の記念写真)の写真を見せたが、
ほぼノーリアクション。
中学の時、漫画を描いていた友人がいて、
もろ赤塚キャラのギャグ漫画を描いていた。
赤塚の漫画キャラや『天才バカボン』などのアニメーションはなじみがあっても、
彼の漫画自体は、なじみがない人が多いのだろう。
ギャグ漫画とお笑いとアイドルは、旬が実に短い。

『オン・ザ・ロード』ケルアック 青山南訳を読む。
遥か昔、読んだのだが、いかんせん翻訳についていけなくて頓挫した。
新訳というので、読めるかなと思った。確かにこなれた訳文なんだけど、
読むスピードがあがらない。ひょっとして、頓挫したのは、訳よりもこちらのせいかも。
小説、特に外国文学は、なかなか読み切れない傾向にある。
小難しい人文系の本よりも苦手かも。理由はわからない。単なる好みの問題か。
あるいは、あの夏のまぶしい太陽のせいかも。
ビートジェネレーションのビートはロケンロールじゃなくてジャズのビートなんだ。



コメント(0)| Track back(0) | 2008-08-04 09:37:24