うたかたの日々

貧乏は教育で断てるのか
やっぱり、簡単じゃなかった。時間がほし〜。
汗だくで帰宅。いきなり膨大な資料を広げられ、説明をまくしたてられ、
「質問はありますか」って、いま、脳内ダウンロードしているところ。
別件の打ち合わせを日延べしてもらう。恐縮です。

昨日のブログ「企業の社会的責任」にクロダさんからのコメントあり。

「町山智浩アメリカ日記」を引用しながら、これがなかなか重たくて。

アメリカの企業がもたらした現実なんだけど、
人件費の安いメキシコあたりに工場がどんどん進出して、
いわゆるブルーカラー層の雇用がなくなってしまった。
で、その層出身の若者は、軍隊に入隊して、金を貯めて大学へ進学して、
ビンボーからの脱出を自ら図るという。
そんな彼らがイラクでああいうことをしでかしてしまった。


昨日、たまたま、TV朝日の『グレートマザー物語』が
ビートたけしの母親を取り上げていた。
タイトルは「貧乏は教育で断つ」。

日本がいくら貧乏たって、戦後の日本なら、親はひもじい思いをしても、
大学へ子どもをやった。それが、できない。日本もそうなる?そうなりつつある?

なのに、企業の社会的責任とは、か。う〜ん。
頭が回らないんで、いずれ、あらためて。


町山智浩アメリカ日記
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/comment?date=20040529

グレートマザー物語
http://www.tv-asahi.co.jp/mother/


コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-31 17:58:10

企業の社会的責任
経営に活かす環境戦略の進め方
―環境経営からCSRに向けて



オーム社

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ITマーケティング・ブログ【波多野blog】 「今後のCSRは+−=1」よりトラックバック
http://www.shijo24.com/blog/

いま、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)と
SRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)について
にわか勉強している。

グッドタイミングで、波多野さんがブログで取り上げられていた。

企業は「環境報告書」からさらに一歩突き進んで
「CSR(サステナビリティ)報告書」へと
タイトルもコンテンツも変わりつつある。

ソニーとリコーに早速報告書を手配して、ソニーのが、届いた。
PDFでも読めるのだが、紙の方がてっとりばやくていい。

テキスト、デザインともによくできている。


ソニーの「社会・環境活動報告」より引用。

<ソニーのコンプライアンス体制>

コンプライアンス担当役員

コンプライアンス統括部門

■法務担当部署
各国法令のモニター、法令遵守の啓発、社内規則管理

■リスクマネジメント担当部署
 危機管理対応

■CSR担当
 CSR方針の策定・導入、社内外コミュニケーション

■その他専門部署



ブランディングにも、CSRは重要なファクターとなってくるようだ。
下記のサイトも参考になるので付記しておく。

環境経営フォーラムECOgraphレビュー 動き出した日本版社会的責任経営
http://emf.nikkeibp.co.jp/emf/ecograph/2004_05/index.html


三菱自動車にも環境報告書があった。送ってくれるみたい。って、意地悪?





コメント(4)| Track back(0) | 2004-05-30 13:13:25

イッツ・オンリー・トーク
イッツ・オンリー・トーク

文藝春秋

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糸山秋子(ほんとは「糸」が二つね)の『イッツ・オンリー・トーク』を
作者の筆力にぐいぐいひっぱられて読んでいると、
電話が鳴った。こんな時間にかけてくるのは、あそことあそこ。
そしたら、久しぶりの得意先からだった。
金融関係の業務マニュアルのプレゼンとかで、
シノプシスはほかの人がやって、ぼくはラフ用のコピーを
書くだけというので、引き受けることにしてしまう。
週明けに打ち合わせとなる。

「簡単!簡単!」っていうんで、受けたら、
ちっとも簡単じゃないパターンもあるけど。
ええい、ままよってなもんで。

はじめて読む糸山の小説は、女性の主人公が実にさっぱりしている。
『イッツ・オンリー・トーク』の主人公は、バリバリの海外支局勤務の記者だったが、
精神を患い、閑職となり退社。画家に転進するが、いちどきは持てはやされたが、
現在はかつかつの暮らし。

地縁・血縁の無い蒲田にアトリエ兼住まいのアパートを借りる。
そこで大学時代のクラスメイト、出会い系サイトで知り合ったヘンタイ男、
同病のヤクザもん、根無し草のいとこなどとの
不可思議なふわふわとした交流模様を描いている。

ぼくの知っている同業の女性にどうしてもイメージが、重なってしまう。
彼女も主人公同様、イタ車、同じランチャに乗っていると聞いたことがある。

まあ人生を降りた、無頼的なトーンからくる、
あっけらかんとした自虐的な明度が魅力なんだけど、
これって、色川武大とか、そのへんの世界なんだよね。

結構きわどいエロい描写も出てくるんだけど、
斉藤綾子ほど下卑ておらず、やはり、さっぱりしている。

ただし、主人公がクルマで聴く「キング・クリムゾン」のメンバーに
エイドリアン・ブリューが書いてあるあたりに、世代差を感じるけど。

もう一つの作品は『第七障害』。
こちらは、三軒茶屋が舞台。予備校の講師で、趣味ではじめた乗馬にはまる主人公。
自分に正直に生きている女性たちとグジグジしている男性の話。

達観してるのか、でも、脆さと強さを併せ持ついまどきの人間像ってところに、
えらく共感してしまった。

最近、日本の小説はごぶさただったので、あたりの本と出会えて、
うれしい「土曜の夜と日曜の朝」ならぬ金曜の夜と土曜の朝だった。










コメント(4)| Track back(0) | 2004-05-29 11:25:28

あんなアンナ
White Ice Sherbet―土屋アンナ写真集

ラウンドハウス

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なんだか6月前半が、うれしい悲鳴になりそうだ。
うまくバラけるようスケジューリングするのだが、
きっと重なる。それは、それで深夜の部か早朝の部を
労働時間にすればいいだけの話。

おじさんでも見たくなってしまう映画『下妻物語』。
深田恭子演じるロリータファッションの桃子と
土屋アンナ演じるヤンキーのイチゴの二人の物語なのだが、
先日、TVの特番を何気なく見ていたら、
土屋アンナがいい。いまさら、何をという人も多いだろうが、
レディース役が実にぴったり。

深キョンの天然おっとり系と土屋アンナのクールビューティー系。
いいキャスティング。

でもでも、キリッとしたコが演じれば、それらしく見える。
くどいけど、誰でもああいういでたちになれば、
ヤンキーっぽく見えるのは、とどのつまり、遺伝子なんじゃないの。

男優もそう。チンピラやサラリーマンは演じられても、
親分や重役、大臣なんてちゃんと演じられるのって、どのくらいいるんだろう。
ましてや元華族やピアニスト、没落金持ちなんて。

だから、古い日本映画が好きなんだな。出てくるのが、実に個性的な顔で。

『木更津キャッツアイ』で木更津がブレイクしたが、
下妻はブレイクするんだろか。

ロリータファッションの元祖といえば、ピンクハウス。
いやはやなつかしや。

フリフリの格好で、ひと目で、ピンクハウスとわかる一団。
だんだん近づくにつれ、決して若くないことが判明する。
なんて、おばピン(おばさんピンクハウス)にも、出くわしたが、最近は、さっぱり。

カリスマモデルのご尊顔は、公式サイトでぜひ。

映画『下妻物語』公式サイト
http://www.shimotsuma-movie.jp/

土屋アンナ公式サイト
http://www.jap.co.jp/anna/index.html

おまけ

同じモデル出身で女優になった人は数あれど、
映画『キッチン』の主人公を演じていた川原亜矢子は、チャーミングだった。





コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-28 16:40:03

野生でいこう
スチームボーイ スターターキット

バンダイビジュアル

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朝イチで、制作会社へ。入稿前の文字校正をざっくりと。
地下鉄で大友克洋の最新作『スチームボーイ』の中吊りを見る。
いよいよ封切りか。カッコいい。

『季刊生命誌』41号が届く。

以前、氷蓄熱冷暖房を取り扱っている企業のPR誌をつくる話があった。
ヴァーチャル編集部を立ち上げ、ぼくは副編集長の肩書きの名刺まで
つくってもらった。
季刊で、内容もコマーシャルではなくカルチャー度の高いものというので、
人脈を頼ったり、図書館へ通いつめ文化人・科学者の人選にあたった。
真冬の大阪へ日帰りで取材も行った。雪が時折、降ってきて寒かったなあ。
屋外の取材だったから。
編集ものは、創刊するまでがひと苦労で、
とりあえず1年は、この編集スタイルで持つかなと、安堵してたら、
何のことはない、1号でポシャッてしまった。

インタビューの目玉は女性科学者がいいだろうということになって、
JT生命誌研究館館長であり、高名な科学者である中村桂子にも、
編集長がアポを取った。
その下準備をぼくがいろいろいして、このサイトや冊子を知った次第。

本号で、いちばん興味を抱いたのが、ここ。

「野生の科学」の可能性ーイヌイトの知識と近代科学
大村敬一 大阪大学言語文化部


イヌイトの科学と近代科学をうまく合一させられれば、
新しい科学が生まれるかもしれないと。
その比較対称表がひっかかるんで引用する。
レヴィ=ストロースの「野生の思考」の二番煎じかよと、そういわないで。
詳しくは、サイト参照。

●イヌイトの知識               ●近代科学
・定性的                 ・定量的
・直観的                 ・合理的
・全体的でコンテキスト依存的    ・分析的で還元主義的
・倫理的                 ・没価値的
・主観的で経験的           ・客観的で実証的
・柔軟性                 ・厳密で固定的
・知識の形成に時間がかかる     ・知識の形成が早く、結論に早く至る
・空間的に限定された地域での    ・短期的ではあるが、空間的には
 長期間の変化に詳しい        広大な地域をカバーする
・精神論的な説明原理        ・機械論的な説明原理
・逸話や物語のかたちをとることが多い ・法則や原理のかたちをとることが多い
・環境を対象化したり         ・環境を対象化して管理しようとする
 管理したりしようとはしない


JT生命誌研究館ホームページ
http://www.brh.co.jp/index.html

季刊 生命誌ジャーナル 2004年夏号
http://www.brh.co.jp/experience/exhibition/journal/new.html







コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-27 16:09:04

ニートなヤング
働かない若者「ニート」、10年で1.6倍 就職意欲なく親に“寄生”  産経新聞より
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040517-00000000-san-soci

ちょっと気になったというか、伝えたいニュースを、ば。
若者が働かないのか、働けないのか。
どっちがどっちということではなく、どっちもどっちなのだろう。

せっかく就職しても、も一度自分の本当にやりたいものを見つけに
海外の学校へ留学するとか、大学を入り直すとか。
よくいえば多元的な生き方なんだけど、
まあいまでもスネかじりさせてくれる親のおかげといってしまえば、それまでで。
いわば宿主(しゅくしゅ)である親だってリストラやリタイアで、いつまでもつか。
親子でフリーターなんていうのもザラではなくなったりして。

実際、フリーのぼくなんて、「ター」をつければ、フリーターで、
先行き不安なことにかけては、いい勝負だ。

ニートって目にして、NEAT(かっこいい、こぎれいな)のニートかと思った。

この問題、どうすりゃいいんだって、いろいろ取り沙汰されているけど、
この層がバリバリ働いて、バリバリ子どもをつくってくれないと、
国税も、年金も、GDPも、日本国の経営が困ってしまう。
とは、勝手なオトナの言い草。

けなすばっかじゃなくって、迎合してもいから、
なんか、彼らがやる気になるようなものってないんだろうか。
やっぱり、「自分の好きなことで飯、食えれば最高っす」って、
いっちょガテンなヤンキーたちに期待しつつ。
先日のブログと重なるが。
http://soneakira.blogtribe.org/entry-1edb7f729805420381c35dd7718d6bf8.html

≪ニートとフリーター≫ 
ニートは「Not in Employment,Education or Training」の略語で
英国の労働政策の中から生まれた言葉。
一方、フリーターはフリーのアルバイターの意味の造語で、定職につかず、
短期のアルバイトなどをして暮らす若者ら。長引く不況下で企業が正社員採用を
手控える中で増加した。(産経新聞)


コメント(3)| Track back(0) | 2004-05-26 15:17:51

歓仕込み
ディジタル著作権


みすず書房

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Winny事件を考える 迷走する“著作権”――そして“共有”
名和小太郎氏(情報処理学会・フェロー)ITmediaニュースより
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0405/22/news012.html

コモンズの悲劇。アンチコモンズの悲劇。

〜略〜
名和氏は最後に「アンチコモンズ(共有地)の悲劇」というモデルを使い、
今の著作権の問題を分かりやすく説明してくれた。

アンチコモンズの悲劇は、「コモンズの悲劇」というモデルを踏まえて提唱されたもの。
コモンズの悲劇とは、例えば村人が自由に牛を飼える共有地があったとする。
飼う数を各人とも一定以下で我慢すれば問題は起こらない。
しかし誰かが自分のことだけを考えて牛を増やすようになり、
別の人も対抗上同じことをするようになると、
次第に牧草が減り、いずれは牧草が生えなくなってしまう。
「P2Pの使用によってネットワークが渋滞するのはこれと同じだろう」。

一方、アンチコモンズの悲劇とは、牛に牧草を食べさせるだけの権利、
水を飲ませるだけの権利、土地に立ち入るだけの権利……
と権利を細分化させてそれぞれ別の村人に与えるモデル。
これでは不便で誰も共有地に寄り付かなくなり、これまた土地は死んでいく。
「今の著作権制度がこれだ」。


著作権に興味のある人は、名和の著作を読むことをおすすめする。
現実的で、ぼく的にはいちばんフィットしている。
Winny事件は、あれ以降、つらつら考えいるんだけど、
やはり、作者の反社会的発言が気に障ったんじゃないかな。
著作権をぶっ飛ばせ!産直でやろうぜい!的な。
ドラッグといっしょで根底には、健全な社会の営みを阻害するといったような。

朝から某企業の環境報告書リライトのための資料の仕込み。
昨年度のものを読み込んだり、Webサイトの検索、ブックマーク。
オンライン書店や図書館で参考本の検索をしたり。

なんだか開店前の居酒屋みたいで、
ひょっとして、仕事で仕込みがいちばん好きな過程かもしれない。
ここをきちんとしておくと、後が楽なんだ。

今年度は、CSR(企業の社会的責任)を加味したものになるとかで、
リライトとはいえ、タイトなスケジュールとボリューム。
「大丈夫ですか」と先方にたずねられても
「ははは」とビッグスマイルするだけ(汗)。

こうして、またひとつ、お勉強しながら自分の仕事の幅が広がる。

その昔、CIブームがあったが、まだ、本格的に対外的には
企業は目を向けていなかった。
バブル時のメセナブーム。コーポレートシチズンシップなんてお題目掲げて。
結局は節税対策に過ぎなかったのか、
ごく一部の企業をのぞいて、サステナビリティ(長期的な目標)なんてものは、
バブルがはじけると、同様にはじけてしまった。どれだけの文化が定着しただろうか。

でも、企業が不正をすると、潰れてしまうようになった昨今、
企業倫理、環境保全活動などを含めた上でのコンプライアンスが
ようやくかけ声ではなく、きちんと動き出そうとしている。





コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-25 16:31:01

光朝
田中一光自伝 われらデザインの時代

白水社

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紹介で新規の会社に行く。
はじめてのところなんで、プロフィールをたずさえて。
プロフィールの内容は、履歴と仕事の経歴(簡単にやった仕事のコンテンツのみ)と
モットーをまとめたA4版で8枚程度のもの。
作品が見たいとのオーダーがあれば、作品ファイルも。

まじめに読む人もいれば、紙よりも直接ぼくという人間に興味を持ってくれる人など、
反応はさまざま。
できるだけ腹をわって、正直に答えるようにしている。

いまは、求人広告のついでにフリーランス募集を併記すると、
相当数の数が来るようだ。
だって大手広告代理店のクリエイターがそれまでのディレクションのみだけではなく、
自分でコピーを書かなくてはいけなくなっているようだから。

ともかく会うことは大事だと思う。
最初の打ち合わせや雑談に正解は埋もれているのだから。
それと第一印象、最初に浮かんだイメージは大切にしておきたい。

途中、流れが止まったら、打ち合わせのときのノートを読み返す。
あるいは、他人が判読不能ななぐり書きしたラフコピーを見直す。

メールのやりとりではニュアンスまでは伝わらないし、
伝えようと思って事細かな長いメールを出しても、経験上、いい方向には向かわない。
効率は悪いが、会うのがいちばんのコミュニケーションの手段なのだ。

そんなことを書きながら、
ちょっと前まで大阪のTVCM制作会社の仕事をしていたが、
お目にかかったことはいっぺんもない。
電話でオリエンを受けてFAXでTVCM企画案を送っていた。

飛び込み営業メールも、即効性は薄いが、
不思議なことに、忘れた頃に芽を出す。

フリーランスは、スタジオミュージャンみたいなもの。
知り合いは芸者といっていた。お座敷がかかってナンボのもの。
一期一会、そのとき、そのとき、最高のパフォーマンスをしなければならない。
と、肝に銘じて。いつになくマジメなぼくである。

訪ねた会社の隣がモリサワのギャラリーだった。
運良く田中一光の特別企画展を開催していた。
大規模な作品展を見逃していたので、ちょいと帰りにのぞいてみた。無料だし。

天才アートディレクター故田中一光。
古くは西武劇場のポスターから若い人にはおなじみの無印良品のロゴタイプまで
一貫しているのは、日本語、文字へのこだわり。もちろん、それだけではないが。

DTPの普及により、グラフィックデザインの全体的な質の低下は否めないと思うが、
展示されたカレンダーやポスターを眺めると、久々にグラフィックデザインのパワーに
圧倒された。中でも、改めて光朝、田中一光の明朝体、の書体の美しさにはまいった。

興味をもたれた人は、こちらをクリック。
モリサワ・タイポグラフィ・スペース
http://www.morisawa.co.jp





コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-24 19:38:53

子どもの科学
タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代

早川書房

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寒暖の差が激しい日が続く。大人でさえ、なかなか体調維持が難しいのに、
アレルギー体質の子どもには、さぞかしつらいだろう。

小泉首相の北朝鮮行きの成果は、可もなく不可もなく。
筋書き通りに運んだだけのような気がして。
各TV局の同じ画像を昨夜、今朝と見続け、やや食傷気味。

まあトップダウン型というのか、大統領型というのか、
自分で即断したら即行動に移す小泉首相のパフォーマンスは、
参院選を睨んでのことだが、支持率にどうつながったのだろう。
行政改革といっしょで、先鞭はつけた。
膠着状態から抜け出すようには、した。それは評価できるのだが。
問題は、そこから先だ。

死亡などと報告されている残りの拉致された人々は、
どうなっているんだろう。

それにしても、小出しにして、大きな要求を勝ち取る、
したたかな北朝鮮外交。

オリヴァー・サックスの自伝的エッセイ集『タングステンおじさん』を
読んでいる。少年時代に行なったさまざまな実験、電池の中身を調べたり、
医師だった父と往診に出かけ、打診だけで患者の病気を見抜いて感服させられたり。
分光器で見た世界のすばらしさや元素の周期表の法則的美しさの魅力など、
楽しい話がつまっている。

小学校のとき、過酸化水素水に触媒の二酸化マンガンを入れ、
水上置換で勢いよくぶくぶくとあわ立つ酸素とか、実験の授業を思い出した。
学研の『科学』のおまけは、随分とお世話になった。

理系離れを嘆くなら、いかに小さいときに、
「センス・オブ・ワンダー」を体感させるか、なんだけど。

いまの子どもは、理科の実験は好きなんだろうか。
ひょっとして余り実験なんかしたことのない人が教壇に立っているのでは。
ならムリか。
大人の科学の前に、子どもの科学だよな。



コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-23 17:12:01

20世紀モードの神話
パスト・フューチュラマ―20世紀モダーン・エイジの欲望とかたち

フィルムアート社

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作者、もとい長澤君とは、会社の同僚の紹介で出会った。同僚と彼は、美術大学の同級生だった。ぼくと趣味が似ているというから、どんな人間かと思って国分寺の米軍ハウスのような彼の住まいを訪ねたのが、つきあいはじめた最初だが、もう随分前のことになる。その時は、何を話したのだろう。トーキング・ヘッズのコンサートやリラダンの話だったかもしれない。

本書のタイトルである『パスト・フューチュラマ』とは「『パスト・フューチャー』(過ぎ去った過去)とゼネラルモータースの万博でのテーマである『フューチュラマ』」を組み合わせた造語である。

作者はグラフィックデザイナーであるが、平面の枠を越え様々な分野で活躍している。知る人ぞ知る雑誌『パピエ・コレ』を編集・執筆・デザインもしている。だから、美術評論家的立場ではなく、クリエイターとしてこれまで感じてきたこと、長年、興味を抱いてきたことを、掘り下げ、記している。本書は3部構成になっている。

1.「スタイルの魔術」
「垂直の都市、水平の都市」では摩天楼と、サバービアン・ライフ(郊外生活)、その2つをリンクする自動車。このアメリカナイゼーションが与えた影響力を考えさせられる。一世を風靡し、最近リバイバルしたサイケデリックの様式をたどると、アール・ヌーヴォー、ウィーン分離派、ユーゲントシュティールになるという。この辺りは、作者の独壇場である。

2.「モードと肉体」
モードに関しては、1920年代のベルリンのキャバレー文化からボディコンまで、作者の映画・音楽・ファッション体験から述べられている。「なめらかさへのオブセッション」では、ストッキング、美容整形などを取り上げ、そこには20世紀の「均質化された洗練された美」への飽くなき追求があったことを知らしめられる。

3.「コンピュータ・ア・ゴーゴー」
電子計算機からAIまで「SFの造形的イメージ」を核に、コンピュータをプロダクトデザインから見つめ直している。滅んでしまったパーソナルコンピュータをいとおしむ気持ちは、かつてSF少年だった人なら理解できるだろう。

適度にアカデミックであり、適度にポップである。多量の図版や事細かな脚注に見られるように、個人的な思い入れはたっぷりである。誘い込まれていくのは、作者と同世代からなのだろうか。または、かつて『パピエ・コレ』第2号に、ぼくが何本か原稿を執筆したからなのだろうか。

彼のキラー通り沿いのオフィスで編集者後藤繁雄、グラフィックデザイナー松田行正、メディア美学者武邑光裕(敬称略)など現在、活躍している面々を紹介されたのが、つい昨日のように思える。

作者の基本的なスタイルは、その頃と見事なまでに変っていない。
彼が述べているところの「20世紀の様式と美学」を総覧することができる。

パピエ・コレ
http://www.linkclub.or.jp/~pckg21c/index.html








コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-22 15:54:05

フランスでウケそう


早川書房

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スタジオで撮影立ち会いなんて、久々。
とりあえず、することもなく、担当者や営業の人と世間話。
アートディレクターは相変わらず超多忙な日々。

コンクリートうちっぱなしの変わった建物。
カメラマンのスタジオと
ユニクロなどのクリエイティブディレクターをしている
タナカノリユキのオフィスがある。
昔、タナカにシンボルマークのデザインを頼んだことがあるが、斬新だった。
前はよく通るのだが、中に入るのは、はじめて。
屋上にはプールがあるという。
「建もの探訪」の渡辺篤志みたいに「ほ、ほお〜」を連発。

浅暮三文の『針』を読了。
知覚過敏ならぬ触覚過敏でコミュニケーション不全の男の物語。
はじめて読んだが、ハヤカワのJコレクションの一冊なんで、
ちょっと生硬なのかなと思ったら、結構、不条理&フェティッシュ。
マニアの人なら、たまらないかも。
同シリーズの牧野修の『傀儡后』よりもポルノチック。
作者の想像力に圧倒されてしまう。

むかーし、植草甚一が筒井康隆の『俺の血は他人の血』を
フランスでウケそうと評していたが、この本もフランスでウケそう。
最大の難点は作者のあとがき。興ざめ。

コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-21 17:31:05

酒呑め坂本
B‐2 UNIT
坂本龍一
アルファミュージック

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原稿チェック待ち状態。おそらく一件はOKで、
もう一件は週末か週明けに修正があって、
いそいで直して、予定でいくと、週半ばに入稿。
本のリライトのデータ集は、友人のアートディレクターが
やってくれるとのこと。サンキュ!
明日は撮影立ち会い。たまたま、フォトスタジオがうちの近所なんで、
行くこととあいなった。

仕事プロフィールの部分改訂を行なう。
末端のフリーランスなんで、しのぎ、しのぎ、単発、単発ばっか。
ま、なにぶん広く浅くがウリなもので。

今日は勝手に、坂本龍一デー。ずうっと聞きながら、作業する。
世界のSAKAMOTO、坂本教授でいちばん好きなのは、『B2unit』。
ヘッドフォンで夜中、大音量にしてよーく聞いた。
ダブとパンクとテクノとフリージャズと現代音楽のミクスチュア。
いやあ超過激、暴力的ノイジーサウンドなんだけど、
そこに一抹の繊細さやインテリジェンスを感じさせる。
ジャケットは、もろ、ロシア構成主義なんだけど、アートディレクションは井上嗣也。
RCサクセションや教授と清志郎とのユニットのジャケットも手がけていた。

ロシア構成主義を代表するリシツキーの作品がのぞける。
あらあらYMOの『テクノデリック』っぽいのもある。

リシツキー作品
http://www.studiocleo.com/gallerie/lissitzky/lissitzkywel.html#

ロシア構成主義 「Multimedia & Internet Dictionary」より
http://www.kaigisho.ne.jp/literacy/midic/data/k10/k1074.htm





コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-20 17:03:54

リトマス試験本
からくり民主主義

草思社

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♯葉っぱがアフォード♪阿呆ダンス♪♪の葉っぱ64さんも
取り上げられている『からくり民主主義』高橋秀実著を今頃、読んでいる。

よくかけだしの新聞記者が上司からいわれる常套句のひとつで
「記事は足で書け」というのがある。
吉本新喜劇なら、おもむろに、靴下を脱いで、足の指の間にペンをはさんで
「足で書くってこうでっか〜、えらいナンギやわあ」などどボケをかますのだが。

作者は事件となった、なっている場所へ赴いて、現地の人に取材するのだが、
これが、ほんとに、おもろい。

取り上げられているテーマを引用すると、

「小さな親切運動」「統一教会とマインドコントロール」「世界遺産観光」
「諫早湾干拓問題」「上九一色村オウム反対運動」「沖縄米軍基地問題」
「若狭湾原発銀座」「横山ノック知事セクハラ事件」「富士山青木ヶ原樹海探訪」
「車椅子バスケットボール」


森達也の映画『A』とかマイケル・ムーアのドキュメンタリー映画や著作と
共通しているものを感じた。

TVとか新聞・雑誌で騒がれた事件の、結果的に知られていない事実が
ぽんぽん出てくる。
これは取材力なのか、作者がのべているように、騒ぎが落ち着いたから、
住民たちが冷静になって話せるのか。

まあ、マスコミは、視聴率や部数拡大のために、
対立の図式やあおり、アジテーションなど、手練手管で事実を演出する。
ときには過剰なまでに。
そうしないと、視聴者や読者の知る権利に応えられないと。

いやいやまいってしまう。まいる度合いは、マスコミよりも住民のほうに対して、だ。
したたかなんだな、これが、実に。転んでもタダでは起きない精神が、
あまりにも、さもしくて。
黒澤の『七人の侍』か白土三平の漫画か、忘れてしまったが、
「百姓がいちばん汚い」こんなセリフがふと、浮かんだ。

「からくり民主」は換言すれば、「民度の低い日本人」のことなんだな。

文体のゆるやかさ、体温の低さが、いまどきのノンフィクションライターだなと思わせる。
ある意味、押しつけがましい感動とか、説教臭さとか、
そういうのが一切排除されている。愚直なまでの正直さとでもいえばいいのだろうか。

なんか物足りないなーと感じたら、たぶん、それはくだんのジャーナリストの文章に
毒されている証拠かもしれない。リトマス試験紙代わりに、一読を。

−ぼくは、少々毒されているようだ。














コメント(4)| Track back(0) | 2004-05-19 21:06:16

グルーブ
SUNSHOWER
大貫妙子

日本クラウン

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妻と昨日仙台から来てうちに泊まった義姉は、
連れ立って西武ドームのバラ展へ。
全国からガーデニングおばがやって来る。
おそるべし、ガーデニングブーム。

知り合いのデザイン事務所から、仕事を紹介される。
二つ返事で引き受ける。

こんな日は、大貫妙子の『サンシャワー』に限る。
シュガーベイブ解散後、二枚目のソロアルバム。
バックを坂本龍一、山下達郎、大村憲司、細野晴臣、
村上秀一、鈴木茂、松木恒秀、
スタッフのドラマー、クリス・パーカーなどなどの
豪華バカテクメンバーから繰り出されるグルーブは、
いまもって、ぼくの夏いちばんのサウンド。

ターンテーブルの上を夏中、ぐるぐる回っていた。
クロスオーバーとかフュージョンなんていわれてた。

シュガーベイブ時代に比べると、
ソロでやっていく自信みたいなのが感じられる。

その後のヨーロピアン三部作やアカペラのアルバムや、
アコースティックなのもいいんだけど、
気温が25℃を越えると、これ。

昔、ライブハウスで、どこだったか思い出せないが、
大村憲司といっしょにギターを弾いていたっけ。

『サンシャワー』のマストアイテムは『都会』。
映画やTVドラマのオープニングかエンディングに使いたい。







コメント(1)| Track back(0) | 2004-05-18 17:08:22

あ熱帯
コトラーのマーケティング・コンセプト

東洋経済新報社

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なんて蒸し暑いんだ。熱帯モンスーン気候なんて単語を思い出させるほどだ。
半ズボンを引っ張り出すのもめんどくさいんで、
ちょこちょこ、午前中に仕事をする。
知り合いにその後の仕事の経緯をメールで問い合わせたら、
二転三転、まだ終わらないそうだ。パーコストを考えてもらわないと。

かくなる上は、新規開拓メールでもしてみようか。
結果的には、仕事が続いているところもあるから、
まんざらではない。

ただ新規のとこだと、求められるクオリティとギャランティが
未知数なんで、最初は、そのチューニングに手間取ることもある。
つーか、初仕事は、出血大サービスでやらせてもらってますが。

あんまりそれが続くと、「お客さん、ちょっとお」ってことにもなるけど。
回転寿司で目玉の皿ばっか取る客、ね。

はなっから、料金を提示してくれるとこが、やりやすいことはいうまでもない。
「この予算で適当に見つくろってくれる」
「わかりやした。今日は、江戸前の新子が入りましたよ」てなもん。
いい仕事、しますよ。

休眠(スリープ)客<某SS(サービスステーション)では、こう称していた>には、
営業メールを出しても、あまり、効果がないらしい。
ぼくに向いている仕事があれば、来るわけだから。

『コトラーのマーケティング・コンセプト』、遅ればせながら、読む。
いまのマーケティングに不可欠な80の基本コンセプトに、
それぞれ、作者が手短に記述している形式。
禅にインスパイアされたそうだが、含蓄のある本文は、さすが。
そこらのへなちょこマーケターがやっつけたものとは、違うって。当然のことか。

難をいえば、装丁かな。ハンディサイズにして、
もう少し辞書スタイルのレイアウトにすれば、もっと使いやすいんだけど。

文庫か新書になるか、そのうち。

マーケティング(mark−eting)とは、的(mark)に命中させる
能力のことなのだ


ベテラン及び新人マーケター、アドマンのあなた、忘れてないですか?





コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-17 16:51:17

ラブ&ピース
世界リスク社会論―テロ、戦争、自然破壊

平凡社

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雨なんで三茶のTUSTAYAへ行くのを止めにする。
プリンタのインクカートリッジも買いに行きゃならんし。
冬物のクリーニングも預けっぱなしだ。
つまみの落花生も買いに行かなきゃ。

昼間の番組に山本寛斉が出ていた。
若かりし頃の写真がアップで映ったが、カッコ良かった。
いまでも通用するカッコ良さ。
アメリカンカジュアルファッションが好きだったその頃のぼくには、
良さがわからなかった。

FAXされたまんま、ほおっておいたレイアウト原稿を
ざっと文字校正してから、寝転んで読書。
『世界リスク社会論』ウルリッヒ・ベックを読了。
講演録の原稿だから、話し言葉で読みやすい。わかりやすいとはいってない。

『世界リスク社会論』ウルリッヒ・ベック著より引用

9月11日のテロ攻撃後に続いて起きた国際政治上の一連の出来事に
注目している人には、以下のような洞察に至るでしょう。
「コスモポリタニズムの理念を、安易に国家に委ねることは許されない。
なぜならば国家というものは、国家の内部で拡大しているコスモポリタン的な行為の
チャンスを、自分自身のヘゲモニーの強化と、
監視国家の超国家的な拡張のために利用しているからである。」

テロリズムの脅威に対する適切な回答は、
「われわれの誰もが、そしてどこにいようとも、生き、愛し、夢を見る権利を持ち、
誰もがこの権利を持っている世界にあこがれる」ということを唱える
コスモポリタニズムでしょう。

国家を超えた国家間協力にはふたつの理念型が、はっきりと存在しています。
監視国家と世界開放国家です。

監視国家ー新しい協力権力によって、安全と軍隊が重視され、自由と民主主義が
軽視される要塞国家に拡大してしまう恐れがあります。

世界開放国家ー世界リスク社会における国家の主権を新たにし、拡張するために、
国家の自己決定権が縮小していきます。


さあて、窮極の選択です。




コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-16 17:44:47

ネコブログ
トンちゃんってそういうネコ

角川書店

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アマリリスが見事に今年も咲いている。
ハイビスカスも薄紅色の花をつけているが、アマリリスは濃い血のような色。
午後、ヒマワリのタネをまいた。
ぼくは、もっぱら、土の片づけ、鉢の移動など、肉体労働担当。
延び放題のシュロも、少しだけ剪定する。

家にはネズミの額ほどの庭があり、
前の持ち主がいろんな樹木を植えていて、
いっとき、ジャングルの様相を呈していた。

隣家との境界線のブロック塀は、ネコの通路となっていて、
いろいろなネコが通る。
うちのショコラ(黒ネコ、ギャル、手足と胸元が白い)は気が気ではない。
立派なキンタ○のついたオスネコが
マーキングしていくと、とても臭くてかなわない。

外ネコ状態の親子ネコもわが物顔であちこち路地を
堂々とうろついている。
飼いネコでないのに、立派な体格で毛艶も良好。

いちばん厚かましいのは、野良アメリカンショートヘアで
勝手によその玄関先に入り込んでエサをねだる。
ネコ撫で声も、洋ネコの方が達者なようだ。

仁義なき戦いの挙句、アメショー(野良アメリカンショートヘア)は、
親子ネコに負けたようで、いっとき、姿を見かけなかったが、
最近、復活したようだ。

息子ネコのほうが母ネコよりも食べるのが早いとかで、
最近は息子のデブり具合がすごい。
ときどき、母ネコが息子をパンチしているのは、食い物の恨みか。

ネコは、人間に対して自分でヒエラルキーを形成しているようで、
ぼく、妻、娘の順番のようだ。

朝、エサが待ちきれなくなって、ぼくが、いないと、
妻の足首に噛みついてくる。

MAYAMAXXの絵本『トンちゃんってそういうネコ』を久々に読む。
この絵本の編集者と妻は元同僚で仲良し、で、贈ってもらった本。
MAYAMAXXといえば、彼女のイラストーションを
表紙に起用した『群像』もエライ。
と、思ったら祖父江慎がアートディレクションしてるんだ。



コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-15 16:09:31

入力マシーン
The Mix
Kraftwerk
Emi

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昨日の夜から入力マシーン。
つっても、ただキーボードたたくだけじゃないんで、
調べながら打つんで、能率、悪い、悪い。

気晴らしに、ネコ草を買いに行く。
先日、花屋に寄ったら、しなびたヤツしかないんでやめたのさ。

先日、オフィス文具カタログのスタッフィングをしてるんで、
ライターチームにぼくを入れてもいいかという
オファーがあった。喜んで。
ただし、見積プレゼンテーションらしいんで、
宝クジでも買った気分で連絡を待つことにする。
いっときは、そんな声さえかからなかった。

一連の年金未納騒動は、ウンザリだ。
目クソ鼻クソ笑うっていうのか、どいつも、こいつも。
特に某巨大宗教団体をバックにしている政党なんて党三役揃い踏み。
まるで、国民年金不払い促進キャンペーンのようだ。

未払いでいても、催促や督促が来ない、
現在の年金システムに不備があるんだろ。

民主党のいう一元化よりも
税制にして取り立てるしかないと思うんだけど。

もっとも、最近は、国民年金の支払いが遅れると、
ご丁寧に手紙が来るようになったが。

確固たるビジョンを示さないで、払ってください。
助け合いの順送りなんですうってのも、支える層が
今後ますます薄くなるのに、若い人が不信感を抱くのもムリはない話。

木村剛氏のように「国民年金=ネズミ講」とまではいわないが、
どうも先送りだの、どさくさ紛れだので、根本的なとこまでいかない。

『世界リスク社会論』ウルリッヒ・ベック
『数学の遺伝子』小島寛之
『コトラーのマーケティング・コンセプト』フィリップ・コトラー
を並行して読もうと思ったが、なかなか読めない。

今日のB.G.M.は、クラフトワークの『The Mix』。
生産性が上がる音楽。ってのは、ぼくだけか。



コメント(1)| Track back(0) | 2004-05-14 16:59:34

人間接着剤
戦争が遺したもの

新曜社

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昼過ぎに六本木の編集プロデューサーのオフィスに行く。
渋谷から急行バス。六本木ヒルズの回転ドアは閉鎖になっていた。
事務的な仕事を依頼される。


『戦争が遺したもの  鶴見俊輔に戦後世代が聞く』を読んでのメモ。

まっさきにイメージしたのは、
某ロックマガジンの人気企画だった二万字インタビューだ。
企画した小熊英二に、そのイメージがあったかどうかは知らないが。
三日間にわたり、それこそ根堀り葉堀り、鶴見俊輔にインタビューする。

なんたってインタビュアーが上野千鶴子と小熊英二なんで、
つっこみどころがいい。

インタビュー後の雑談も掲載されているが、
雑談の方が楽しい話がつまっている。この構成もナイ〜ス!
これは、ままある。
テープレコーダーを止めてから、いい話がぽろっと出たりする。

母親に虐待され、−アダルトチルドレン−から不良になって、
行き場がなくなり、カンペキに堕ちる寸前で
父親にアメリカ留学させられる。
中卒でハーヴァード大学へ入学し、卒業する。

海軍軍属となり、敗戦。
『思想の科学』発刊から60年安保、ベ平連へ。
合間に大学の先生をつとめる。
戦前・戦後の熱い激動の時代、なんだか楽しそうだ。

自称ヤクザで悪人という鶴見俊輔に、大きな磁場を感じてしまった。
なんなんだろ、守備範囲の広さ、許容範囲の広さはすごい。
本人も編集者志向と認めている。
書斎の人ではなく現場の人、プラグマチックな人である。
人間接着剤というニックネームは、どうだろう。






コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-13 17:08:26

いやはやの日々
リップスライド
サラ・クラックネル
東芝EMI
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2月下旬に受けた仕事。夫婦で寝食忘れて2時間テープX5本起こして、
本一冊分の章立ての再整理とレイアウトの指定通りの文字数で本文をまとめた。
とっくに終わってなきゃいけないはずなんだけど、
二転三転して、ようやく最終レイアウトにかかるらしい。
結局、アップした原稿はたたき台になって、著者がかなり書き直したようだ。

たまにある、こういうのが。
誰とはいえないが、インタビュー原稿を著者校正してもらおうと送ったら、
文字数ぴったりで、いちから書き換えてきた。そりゃ、うまいよ、作家だもん。
誰とはいえないが。誰とは。
だったら、頼むなよ、自分で書けよと、いいたい。

そうそう写真にクレームをつけてきた人もいた。
確かにあんましうまくないカメラマンだったけど、男で、だぜ。

インタビューってのは、なんつーか、一期一会的なもんだから、
そのときの、その人となりを忠実に文字で再現したいと思っている。
だから、誘導尋問みたいな質問で原稿をまとめたり、
過去の資料をデータベースとして、それのみでまとめたくはない。

広告会社にいたとき、よく大宅文庫を利用した。
過去の膨大な雑誌記事の中から使えそうなのを選んでコピーしてもらう。
まだ、インターネットが普及する前の頃。

結構、それに基づいてインタビューすると、違ってたりすることがあって、びっくりした。
どちらがいい加減なのかは知らないけども。
そりゃ、予備知識はいる。
本を書く人なら、付け焼刃的にでも、数冊は読んでおくとか。
でも、インタビューは臨床だ、生だ、ライブだ。

なんで、できるだけ手を加えないで、構成上の入れ替えはあるが、
そのときの空気感を再現しようとする。
しゃべったとおりに書いたのに、修正を要求されることもある。
顔じゃ笑って、心じゃ泣いて直すけども。

ただし、例外はある。しゃべってくれない人だ。
あとは、中身の薄い人。これにはお手上げだ。

サラ・クラックネルの『リップスライド』をかける。
セイント・エティエンヌのヴォーカリストのソロアルバム。
クールでポップなサウンドは、この季節、クルマの中で聞くにはもってこいの1枚。






コメント(7)| Track back(0) | 2004-05-12 17:25:40

Winnyの行方
「極東ブログ 47氏が見たラジカルな世界」より トラックバック
http://finalvent.cocolog-nifty.com/


Winny開発者である東京大学大学院助手が逮捕されたってのは、
やはり、見せしめなんだろな。どうも偽ブランド商品をさばいていた業者的扱いなんで、
なんかそれとは、次元が違う気がする。

開発者じゃなくて使用者をお縄にするのは物理的にも大変なんで、元凶に行った。
彼は「逮捕を覚悟していた」なんていってるようだが、
そのあたり、なんかティモシー・リアリーか川端裕人の小説の主人公っぽくて、
カッコいいんだけど、これから、どうなるんだろ。

子どもに「なんで捕まったの」と聞かれて説明に困った。
たぶんニュースでTV画面に『スーパーマリオブラザース』が流れ、
無償で『スーパーマリオ』のファイルのやりとりをしていたあたりが耳に入ったのだろう。

無い知恵を絞って、わかりやすく話そうとすればするほど、
罪には思えなくなってくるのだ。
幇助罪ってのもビミョーというのか、コジツケというのか。
このあたりも、たぶん、新たに法律が制定されると思うが、
時代に逆行することにならないかとも考える。

CCCDや海外盤CD輸入禁止などとの一連の動きか。
なんだか著作権を印籠にして、じわじわと締め付けが来ている気がしてならない。
でもなあ、営利目的ではない個人的なオンラインでのファイルのやりとりがイケナイなら、
同様に営利目的ではない個人的なオフラインのファイルのやりとりもイケナイのか。ビミョーだよね。

くわしく知りたい人は、ここらへんを、クリックされたし。

Winny開発者逮捕
http://www.hirokiazuma.com/blog/

白田秀彰の「インターネットの法と慣習」第2回 匿名発言について
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/shirata/030624/



コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-11 15:33:09

先住民族のプライド
イシ―北米最後の野生インディアン

岩波書店

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1911年、カリフォルニアに突然あらわれた野生のインディアン、イシと文化人類学者アルフレッド・クーパーの交流を綴ったノンフィクション。

ヤヒ族のイシは、博物館が住まいとなる。人類が長い時間をかけて文明化していったのに、イシは、きわめて短期間で石器時代からワープしたかのごとく、現代文明の洗礼を受ける。

しかし、彼はヤヒ族の伝承された文化と誇りを失うことはなかった。アルフレッド・クーパーたちは、イシを研究対象ではなく友人として扱い、互いにコミュニケートしていく。

子どものとき、テレビで西部劇が放映され、人気があった。『駅馬車』に代表されるように、インディアンは悪玉、白人は善玉というステロタイプな図式は、当時の、特に子どもに刷り込まれたと思う。史実は、逆。先住民族である彼らを追いやったのは、ヨーロッパから渡ってきた白人。

本書に載せられているインディアンの地図からアメリカ合衆国が成立する、ずうっと前、彼らの住んでいた土地を想像してみた。

著者夫婦の子どもが、やがて高名なファンタジー&SF作家となる。ル=グウィンである。『ゲド戦記』などの著作に紛れも無くその精神が生きていると訳者は述べている。

ところで娘のル=グウィン女史は、無数のインディアンの殺害、土地の収穫についてホロコーストという語を用いている。ナチによるユダヤ人の大量虐殺について用いる語を、この場合にも敢えて使用しているのである。

以前読んだル=グウィンの『言の葉の樹』にも、先進文明の惑星とそうでない文明の惑星の対比を通して、要するにグローバリゼーションを批判していると感じたのだが、それは親譲りなんだな。

異文化との共存。お互いに畏敬の念を持ちながら。そんな理想的な話が現実にあった。あったかい気持ちで読み進んだだけに、イシの最期は、なおさら哀しい。





コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-10 16:34:22

祖師谷温泉21
バスにのって

青土社

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バスに乗って祖師谷温泉21へ行って来た。
銭湯で天然温泉、施設も充実してるってんで、
前々から行きたかったんだけど。

昔、住んでいたマンションのすぐ近くに銭湯があって、
よく出かけていた。
正月、朝風呂に行って、休憩所で火照った身体を
覚ましていると、TVでは箱根マラソンの中継をしていた。
いまも、ときたまだけど、銭湯に行く。

祖師谷温泉21は、岡崎京子が夫婦で行く途中、事故に遭ったところ。
確かに道は狭い。

立派な駐車場も完備している。
シャンプーやボディシャンプー、石鹸も備えつけ。

午後早い時間だけど、そこそこに混んでいる。

東京の温泉ならではのコーヒー色。
ヨードがこうなったんだっけ。
電気風呂もある。以前、電気風呂に下半身だけ沈めたら、
ピリピリ心臓にきた。電気椅子かよと思って、あわててあがった。

決してこちらから見たくはないけど、
男性器が目につく。
それこそチン座ましているものは、十人十色。

このようなものをくわえる女性には頭が下がるとかいう
山口瞳の文章を思い出し、笑った。

立派な商店街で、トンカツやらウーロン茶葉などを
買い込んでバス停留所へと向かう。

バスに乗ると、わずかな時間でも、旅気分が味わえる。
気分は田中小実昌か。
田中小実昌は、生前、二度見かけたことがある。
最初が新宿ゴールデン街、次が飯田橋・神楽坂。
トレードマークのニット帽をかぶっていた。

『自動巻き時計の一日』という隠れた名作があるのだが、
廃刊になったままだ。
田中小実昌ともう1人、片岡義男の文体がなければ、
村上春樹も生まれなかったとぼくはそう勝手に考えてる。

帰りに桜のアーチを見つけた。
来年の桜の季節には、車窓越しに桜を眺めて
銭湯につかって、帰りには、居酒屋へ寄ろう。



超人気−10度の冷凍サウナ 東京・祖師谷 そしがや温泉21

http://www.yomiuri.co.jp/hochi/leisure/travel/onsen/2001/02/0203.htm







コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-09 18:25:58

しらけちまうぜ
グランプリ
東京スカパラダイスオーケストラ, 小沢健二, 松本隆, スリラーU, ジョージ・ゴーディー, ウイリアム・スティーブンソン, マーヴィン・ゲイ, 竹中直人, キミドリ, クボタケシ
ERJ

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妻は宇宙堂(座長の渡辺えり子と高校の同級生)の芝居へ。
子どもはブックオ○へ。
ネコに催促されてキャットフードの追加をあげる。

原稿の直しを少々。原稿のラフを少々。
スカパラの『グランプリ』をかけながら。

小沢健二の『しらけちまうぜ』は、軽くてポップでいいんだけど、
小坂忠ヴァージョンの方が、カッコいい。
高橋幸宏の『WATER MELON』は、粋。

昨日、義兄から日経新聞の切り抜きがFAXで送られてきていた。
勤務している会社が予定通り東証第二部に上場が承認されたそうだ。
おめでとう!これで、ストックオプションの売却益で老後もバラ色かな。

『イシ 北米最後の野生インディアン』読了。
『戦争が遺したもの 鶴見俊輔に戦後世代が聞く』を読み出す。
止まらなくなる。

しらけるどころか、わけわかんないのが、海外盤CD輸入禁止の動き。
ここらあたりを参照に。山形浩生のが、わかりやすいんで、ついでに。

海外盤CD輸入禁止に反対する Stop the Revision of the Copyright Law
http://www.sound.jp/stop-rev-crlaw/

ヘンじゃないか輸入権  山形 浩生(評論家)
http://be.asahi.com/20040410/W12/0025.html




コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-08 15:12:48

血と汗と涙
血と汗と涙

ブラッド・スウェット&ティアーズ


ソニーミュージックエンタテインメント

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『ビジョナリーカンパニー 時代を超える生存の原則』
【著者】ジェームズ・C・コリンズ ジェリー・I・ポラス 山岡洋一訳

「真に卓越した企業と、それ以外の企業との違いはどこにあるのか」−その命題に基づき、膨大な調査及び分析から生まれた結果は。「データはあくまでデータである」と作者は断っているが、しかし、ビジョナリーカンパニー(先見的企業)にならしめたと世間一般に思われている伝説や神話の真贋をデータで事細かに立証し、そこから普遍的な法則を導き出すプロセスは、きわめて面白い試みである。

まず、有名なところから。「ひとりのカリスマ的指導者は『時を告げる』」。しかし、「ひとりの指導者の時代をはるかに超えて」「繁栄し続ける会社を築くのは『時計をつくることである』」。ビジョナリーカンパニーの創業者たちは、いずれも「ビジョナリーカンパニーになる組織を築くことに力を注ぐ」。それが、『時計をつくること』なのだ。

次が、「OR」ではなく「AND」でいく。すなわち、「AかBかのどちらかを選ぶのではなく、AとBの両方を手に入れる方法を見つけ出す」。たとえば、「高い理想を掲げ、かつ、高い収益性を追求する」。それを実現しているのが、ビジョナリーカンパニーなのである。

創業まもなく、利益ではなく、いまでいうところのミッション、しかもハードルの高い「基本理念」をつくり、将来の海外進出を見込んで外国人でも発音しやすい社名に変更したSONY。日本の企業では唯一SONYをあげている。

ビジョナリーカンパニーが最初からうまくいったわけではなく、むしろ、失敗してつまづいている企業の方が多いのは興味深い。

カリスマ性の高い人物は、ビジョナリーカンパニーには不要であると述べられているが、当然、優れた経営者は必要であると。ダーウィンにならえば、獲得形質は遺伝しないということ。脈々と企業体、人材に受け継がれたナレッジが、まさにその企業のDNAであるわけだ。

ホンダがいっとき、クルマのキャッチフレーズに「HONDA DNA」を使っていたが、そういうこと。あ、これ、いいかも。企業名の後に「DNA」をつけてみて、しっくりきたらビジョナリーカンパニーかもしれない。

経営陣が生え抜きであること。確かに、これも、いえてる。飛び級ではないが、よく何人飛びで無名の役員が代表取締役になったなどと一時期話題になったが、それだけ有望な人材がいるということだ。

カリスマは代替はきかないが、組織は代替がきく。でなければ、会社なんて意味がない。時代の趨勢でその会社の業態や扱い品目が変わるかもしれないが、創業当時のミッションは、不動のものとして社員一人ひとりの意識に染みついている。

誰とはいわないが、助っ人で社長を招聘して、意識改革などと称して荒療治をする。大抵はリストラとかなんだけど。いっときは効果があるかもしれないが、往々にして長続きはしない。

最後に、ビジョナリーカンパニーの「経営手法などは、決して新しくはないことが明らかになった」。人間力。BLOOD,SWEAT&TEARSなんだ、やっぱり。

余談になるが、本書によると、IBMは、1925年に現在の社名である「インターナショナル・ビジネス・マシンズ」に変更、1930年には計算機の大手企業になったという。何ともコンピュータ時代を予見した業態をあらわすのに、ふさわしいよい社名をつけたものではないだろうか。




コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-07 16:50:39

愚・悲・怒
緑の資本論

集英社

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アメリカ兵によるイラク人捕虜虐待の写真は、
戦争そのものの愚かさと人間の愚かさを露呈していて、悲しくなってくる。
虚しい怒りもこみあげてくる。結局、何も学習してなかった。
第二次世界大戦の日本軍の残虐行為と本質的には同じだろが。
一部の兵隊の仕業にさせようとしているが、そんなことはないだろう。

ベトナム戦争時は、その手の情報はタイムラグがあったが、
いまは、インターネットでリアルタイムで世界中の人が知ることとなる。
そこらへんを米兵に教えてやれよ。
現実を見据えるしかないのだが、苦いなあ。

『緑の資本論』のレビューをレビュージャパン『自動筆記』より転載する。

非対称的世界がもたらしたもの。

本書を執筆するモチベーションとなったのは、9.11.以降の「国家の蛮行」と「イスラームに対する偏見や無知への憤り」である。さらに付け加えるならばアンチ「グローバリズム」も。

「圧倒的な非対称によって支えられている今日の文明は、潜在的なテロの脅威を抱えつつ繁栄を享受しようとするために、文明の奥深い舞台裏ではたえまない無法な弾圧や殺戮がくりかえされることになるのだ」

作者は「(世界は)圧倒的な非対称である」と述べている。それは「富んだ世界」と「貧困な世界」。換言するならばデバイド、格差である。そしてその非対称の産物がテロであり狂牛病であると。

宮沢賢治の童話『氷河鼠の毛皮』を踏まえ、「貧困な世界」が「富んだ世界」に対してテロ行為を行なったかを考察している。作者の文章を通してなぜ宮沢賢治の童話に名状しがたい怖さを抱いていたのか少しだけわかったような気がした。宮沢賢治は田中智学が創立した「国柱会」の信者であり、熱烈な日蓮主義者であった。賢治は「富んだ世界」から搾取され続けている「貧困な世界」を救おうと生涯戦い続けた。そのファナティックな情熱はある種、イスラム原理主義者に通ずるものがあるとみるのは、うがちすぎだろうか。

「人間は牛たちに同類の脳や内臓を飼料として与え、共食いさせることによって、彼らの脳をスポンジにしてしまった」 狂牛病も傲慢な人間に対する動物からの報復行為である的一文も、レトリックの好き嫌いはあるにせよ、主旨には首肯できる。

標題である『緑の資本論』ではイスラームについて述べている。キリスト教とイスラーム教の違いをとらえ、資本主義社会と非資本主義社会(適切な言葉が思い浮かばないので仮に)が鏡像関係にあることを宗教学者ならでのやわらかな表現で訴えている。

イエス・キリスト像を礼拝するキリスト教徒と礼拝の対象をもたない、すなわち、偶像崇拝ではないイスラーム教徒。「利子(利潤)を否定するイスラーム」 「イスラーム的一神教は『タウヒード』の論理に貫かれている。タウヒードとは、アラビア語で『ただ一つとする(一化する)』を意味する」

「原理におけるイスラームは、利潤が生み出す豊かな社会を拒否してでも、世界が意味に満たされてあることのほうを選びたいと考えるのである。その世界はなにからなにまでが直接的で、資本主義の目からすれば、遅れた貧しい社会と映るかもしれないが、人間が意味に生きる生き物であるかぎりにおいては、はるかに豊かな世界であると、言えるのではないか」

憤りが基底になっているだけに、いつになく強い口調である。イスラームのことをどれだけ知っていただろう。自分自身の不明を恥じ入るしかない。

繰り返しになるが、作者のポエティカルな文体は、人文関係の生硬な文体を浴び、凝り固まった頭を解きほぐしてくれる。いつものことながら、タイトルのつけ方のうまさに感服する。


コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-06 14:51:02

花はおそかった
昨日、風が強いので、足利フラワーガーデンへのフジ見物は
止めにして根津神社へツツジを見に行くことにする。

行列のできている鯛焼き屋で鯛焼きを求めて、パクつきながら、歩く。
隣の酒屋の量り売り焼酎や泡盛が気になった。
アンテークボトル(原文まま)に詰めてくれるそうだ。

ツツジは、あらかた終わっていた。おそかりし、由良の助。
その名残を見つつ、お参りをしてくる。
裏手に古い洋館があって、なかなかのもの。
朽ち果てそうなのだが、住人はいるようだ。

ちょっと歩くと住所が谷中になる。
妻と子どもが目当てのねんねこ家へ行く。
生きている招き猫が何匹もいて、うちのと違って愛想がいい。

空襲を奇跡的に受けなかったこの一帯は、
古い家並みが現存している。
棟割長屋、ポンプ井戸、防火用水。

森鴎外、夏目漱石などなど文豪たちが暮らしていたところ。

坂道がいい感じで若いカップルからオバチャンの団体、
高齢の夫婦などがそぞろ歩いている。

いまだにお茶漬け屋がある。
久しく見なかった。田舎育ちのぼくは
上京するまでお茶漬け屋を知らなかった。

ここから朝倉彫塑館もすぐだけど、次ということにして、
地下鉄で渋谷へ。東急ハンズで子どもは漫画用のスクリーントーンを、
西武デバートで妻の誕生日プレゼントを買う。

ねんねこ家
http://www.nennekoya.com/intro/index.html

『路地の匂い 町の音』 森まゆみ
http://www.review-japan.com/factory/p.html?AID=236&MODE=3&ID=1910&GENRE=


コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-05 15:29:51

俺が山形だあ
新教養主義宣言

晶文社

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葉っぱ64さんと意図的なクロスレビュー。
作者の著作・翻訳本が、ぼく自身の目を向けさせたものは決して少なくないので。

踏めるか、踏めるか、踏んでみい〜。 

本書の「著者について」の一文を引用する。「〜文章のわかりやすさには定評がある一方で、その異様にでかい態度と節度なき罵詈雑言でも悪名高い」作者のHPにあらかた発表されたものをひとまとめにしたのが、本書である。その一文に違わなかった。

読みながら、誰かに似ている。こんな文章のスタイル、読んだことがあるぞ。と、思ったら、作者は、橋本治に影響を受けたとあっさり、あとがきで述べている。そうか、橋本治だったのか。

それと、文章にライブな感じがするのは、元々HPで掲載されたこともあるのだろう。ヨタだの、いちゃもんだの、毒だったりするけれど、核心を突いている部分もあったりして、驚いたり、感心したり、笑かされたりして読んだ。小気味良いというのか快哉を挙げさせてしまう悪口が書ける、つけるのは一種の才能である。

まあ、ともかく、やたら難解な用語やカタカナまじりの広告代理店あたりのマーケターがつくった企画書なんて見せた日にゃあボロカスにやられるだろう。

作者が通訳としてトマス・ピンチョンに同行した文章が、作品通りの変人ぶりを知ることができ、興味深かった。

「勝手にいろんな本や文書を翻訳して公開しちゃう」杉田玄白プロジェクトは、翻訳家志望の人たちに勝手に訳してHPにのっけて、それで売り込めばいいという勇気とメソッドを与えてくれる。

結論。であるからして、タイトルは、『新教養主義宣言』よりも『新教条主義(ドグマ)宣言』とかにしたほうがよりふさわしいと思うものである。これであなたの教養の柔軟度がわかる知性の踏み絵的一冊。

レビュージャパン『自動筆記』より転載。















コメント(6)| Track back(0) | 2004-05-04 18:31:06

子どもじゃないの
海亀通信 海亀広場・壁新聞より
http://pws.prserv.net/umigame/

子どもなのに、特に男子の場合、
オトナびた物言いは、オトナから、特にオヤジから嫌われる。
覚えている限りでは、江川卓がいっとう最初だった。
同世代で同じ大学だったからよく覚えている。
桑田真澄も、サッカーの中田もそうだった。

若いフリージャーナリストは、オヤジ有名企業所属ジャーナリストから嫌われる。
自分たちは、安全地帯にいて、フリージャーナリストは危険な最前線にいて。
なんだか原発の図式とも似ている。危険な作業は地元雇用という名目で
地元の人間にさせるという。

揚げ足取りの週刊誌からの情報で余計なことをいろいろ知ってしまったが、
今井君の発言は立派だった。単細胞なぼくは、そう思う。
堂々としていた。好き嫌いや思想・信条は別にして。

オトナだとも思った。18歳でオトナもいれば、
いい歳こいて、子どもの精神構造の人間はいる。いくらでもいる。ここにもいる。

まずは、彼の文章を読んで、判断してほしい。

今井紀明「黄色いハンカチが舞う『銃後』の町で」
http://www.n-and-h.co.jp/archive/imainoriaki.html


コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-04 17:30:37

POP


3307のかご。/ blog 「『熱い書評本』は生みの親も熱い。」よりトラックバック
http://3307.moo.jp/blog/

ええとお、『熱い書評本〜』の書店での実際のPOPの画像です。
手書きPOPが、かなりの販促効果があることがインストアプロモーションで
あげられている。書店やCDショップ、スーパーマーケットなどで、
ほんとうに買いたいものを決めて来る消費者は意外と少ないそうで、
確か2割ほどだと記憶している。
何にしようかなと思っているときに、目をひくものの一つがPOPだ。

スーパーなら食材にメニュー提案を書いたPOPを掲示する。
主婦がそれを参考に今夜のおかずの参考にしたりする。
書店やCDショップなんかもそう。
目利きの店員さんの書くPOPは、信憑性があると思うわけで。
だから、新聞の書評欄の切り抜きでは芸がない。

と、すると、手書きPOPになるんだから、
『熱い書評本〜』が高い評価を得ていると。もっと売れてほしいと。
こうなる。

趣味性の高い棚と手書きPOPなんか見てしまうと、
むむっ、できる!と、しばらく通いつめたりする。
いい書店ほどセレクトショップであって、
ブックオ○には、まったくそういうものがミジンも感じられない。

昔、坪内祐三が「オンライン書店のレビューはPOPだ」発言で
ヤスケンが噛みついたことがあったが、
ぼくは、へえ、うまいこというなと感心した。

インターネット広告だとバナー広告がPOPになるのかな。
限られたスペースの中でものをいうのは、言葉の力ではないだろうか。
このあたりは、まだ、一行の力が有効だ。そう思いたい。



コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-03 14:13:46